君のことは一ミリたりとも【完】
この女が知りたがっているのは亜紀さんじゃなくて、
「では、この女性が以前付き合っていた男性については?」
生瀬か。
この女は生瀬が亜紀さんと不倫していたことを知っていて、そしてそれを記事にするつもりだ。
そうなると一般人の亜紀さんのことまで書かれる。流石に名前までとはいかないが、社会的に存在が知られるのは眼に見えている。
きっとここまで言い切るということは写真も撮られてる。
「……何がしたいの?」
「貴方も記者なんですよね。良ければ少しお話をさせていただきたいと思って」
「こっちは特に話すこともないんですけどね」
「そう、そんなこと言ってもいいの?」
急に態度を変えてきた女に珍しく表情が保てなくなる。
「貴方が持ってるネタ次第で彼女のことを助けられるかもしれないのよ」
「……つまり、このことを世間に公表されたくなければもっと大きなネタを見つけてこいってこと?」
「物分りが良くて嬉しいわ」
つまりは脅しだ。きっと亜紀さんについて調べているうちに俺が雑誌記者だということに目を付けたんだろう。
同じようなネタを扱いながらもこちらは正統派な雑誌であるのに対して、相手は悪事を晒して世間から支持を得ようとするゴシップ誌。
しかし同じような業界にいるからこそ、この業界の悪い噂などは常に流れ込んでくる。
「期限は10日間。もし何かネタが見つかったらその名刺の電話番号に連絡して?」
「……なかったら?」
「そしたら貴方の彼女さんのことが世間に出ちゃうかもね」
それじゃあと女は胸ポケットにしまってあったサングラスを掛けると颯爽とパーキングエリアから立ち去っていった。
堂々と闊歩するその後ろ姿にはぁと遣る瀬無く溜息を吐き出した。
「(折角いい気分だったんだけど、)」
何処にもぶつけようのない苛立ちが立つ込める。
彼女の顔を消し去るくらいに。