君のことは一ミリたりとも【完】
長文のようなものが見えたけど、これはもしかして仕事の記事……
「こら、企業秘密ですよ」
私の視線の先に気付いたのか、彼はノートパソコンを手早く閉じた。
「ご、ごめん。もしかして仕事してた?」
「持ち帰って勝手にやってただけだからあんま気にしないで」
だけど仕事の邪魔をしたのは確かだ。さっき部屋の電気も付けたまま家を出て来たみたいだし、相当心配させてしまったのかもしれない。
自分の不甲斐なさを実感していると彼は何かを思い出したように笑いを浮かべた。
「そういえば、前にもこういうことあったよね。確かあの時は亜紀さんが熱出してぶっ倒れたんだっけ」
「もうその話は忘れて」
「忘れない。俺、結構嬉しかったもん」
そう遠くはない思い出なのに彼はどこか懐かしそうに語る。
「今まで亜紀さんに頼られたことなんかなかったら、なんかきた」
「きたって?」
「んー、胸にきた」
唐沢が「寝る?」と尋ねてきたので家主を置いて先に就寝するのは悪いと思い、その問いには首を横に振った。
私はあの日のことを昨日のように思い出す。生瀬さんと別れ、この先どうしたらいいかも分からない状況で彼のいない日々を生きるのさえ困難で。
自堕落になって体調管理もできず、菅沼に心配された挙句道の真ん中で熱を出して倒れた。