君のことは一ミリたりとも【完】
まだそれを口にするのが恥ずかしすぎる。
翌朝、唐沢に起こされた私は彼が作った朝食を口にしながら二人でテレビの情報番組を眺めていた。
私がベッドで意識を失うまで彼は側で寄り添ってくれていた。それからお風呂に入って寝床に入ったと考えるとかなり睡眠時間が少ないような。
そのことを尋ねると「ショートスリーパーなんだよね」と答えた彼。正直、それも本当の話なのか分からない。
二人して乗り込んで車で会社へと向かう。私の職場が入っているビルの前で車を止めると彼は名残惜しそうに顔を歪めた。
「あーあ、亜紀さんと二人で楽しかったのに」
「馬鹿なの?」
「亜紀さんよりは頭はいいよ。ほら、荷物持って」
「ん」
助手席を降りた私に彼が窓を開けると「いってらっしゃい」と柔らかくはにかんだ。
本人に伝える気は毛頭ないが、この笑顔を見てときめかない女性はそうそういないだろう。
「行ってきます……」
あぁ、会社の前なのに顔が緩む。
彼にそう告げてビルへと足を進めた。エントランスに入る際に振り返るとまだ彼が運転席で私に向かって手を振っていた。
早く行けと手で追い払って中に入る。あの調子じゃ今日は仕事に遅刻しそうだな。
「(本当に馬鹿)」
だけど彼からの好意を素直に受け入れられれようになった私の方がきっと馬鹿なことを考えている。
今から仕事だというのに頭の中は今日の夕御飯のことで一杯だった。