君のことは一ミリたりとも【完】
「……」
亜紀さんは俺の様子を見て何かあったのだと察したようだが、敢えてそれを尋ねてくることはなかだた。
この子にもう悲しい顔なんてさせたくない。ましてや、もう生瀬のことで泣かせたくなんかもしたくない。
確かに不倫をしたのは亜紀さん自身だ。それが悪くないと言っているわけでない。だけど俺は彼女のことが好きだから、彼女のしたことを許してあげたい。
これ以上亜紀さんが自分のことを嫌いにならないように、今までの過去を精算できるように、その為に邪魔になるものがあるのであれば俺が排除したい。
その為に多少の犠牲が出たとしても、だ。
犠牲が出るのは嫌だがそれが俺なら、まだ我慢は出来る。
「お腹空いた、ご飯食べよ?」
「分かったから早く手洗ってきて」
「はーい」
彼女に言われ洗面所へと向かうと胸ポケットから小林の名刺を取り出した。
名前が印字された部分を指でなぞると、自分の中で意思が固まったように思えた。
約束の日は雨だった。髪の毛が決まらなくて少し不機嫌な亜紀さんを助手席に乗せて車を走らせる。
「今日帰るの遅くなりそうなんだよね。悪いんだけど先ご飯食べてて」
「そう……大変なのね」
「心配してくれてる?」
「別に」