君のことは一ミリたりとも【完】
わざとあしらわれるように軽口を叩けば思った通りの答えが返ってくる。
素直じゃないなぁと自然と笑みが溢れ出る。彼女との会話がこんなに楽しいなんて、昔の俺に教えてあげたい。
彼女の会社の前に着くと普段通りに出社するその姿を見届ける。
相変わらず冷たい態度で「じゃあね」と車を出ようとした彼女に咄嗟に名前を呼んだ。
「なに?」
「え、あ……」
無意識だった。何か言いたいことがあったわけじゃないのに。
「何でもないよ。ごめんね、引き止めて。行ってらっしゃい」
「なにそれ……行ってきます」
口をモゴモゴさせながらもそっぽを向きながら返事をした彼女が勢いよく前を向いて会社への歩いていく。
その愛おしい背中を眺めながら小さく「頑張ってね」と呟く。
彼女のこと、悲しませたくないのに。
「(一番苦しめてるのは俺のかもしれない)」
彼女はまた今夜、好きな男に裏切られるかもしれないのに。
「本当、俺にこんな立ち回りさせるなんて酷だよね」
車のダッシュボードを開いてそこから白と青のパッケージとライターを取り出す。
箱の中から一本取り出すと口に咥え、火を付ける。車内に揺蕩う白い煙を目で追いながら口に広がる苦味に顔を顰めた。
以前はよく好んでいた煙草の味が、何故か今は口に合わなかった。