君のことは一ミリたりとも【完】



幸せそうな同僚の姿に自然と俺までも嬉しくなる。戻ってきた加奈ちゃんは俺たちの間に流れる甘酸っぱい雰囲気に「何があったんですか?」と不思議そうに首を傾げた。
俺が飲み会に行かないことを告げるとショックを受けた彼女だったが、今度は付き合うことを約束し用事がある俺のことを快く送り出してくれた。





指示通りに道を進むと、そこには隠れ家のようなバーが存在した。辺りを見渡し、俺以外の人がいないことを確認するとそのバーの扉を開いた。
至って普通のジャズバーのようで内装はカジュアルな雰囲気であり、開店したばかりのこともあってかまだ2、3人の客しか来ていなかった。

カウンター席に座るとメニューを軽く見てジントニックをオーダーする。
店内に流れるジャズの音楽に耳を傾けながらカウンター越しに並ぶ酒の種類やラベルを眺めていた。

その男が隣の席に着いたのは10分後だった。


「彼と同じものを」


バーテンダーにそう注文すると「遅れて申し訳ない」と謝罪を連ねる。


「いえ、早く仕事が終わったもので」

「そうか、急に時間を作ってもらって感謝する」

「……」


感謝したいのは俺の方。感謝を告げられて複雑な心情を抱えつつ、隣に座る生瀬のことを見据えた。
生瀬は一度仕事で取材した時と様子は変わらず、依然とした態度で俺の前に存在していた。

彼から連絡が来たのは昨日の夜、小林との約束がギリギリに迫ったその時だった。


「いつ気が付いたんですか?」


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