君のことは一ミリたりとも【完】
あの男のことだから生瀬に恩を売るだけの行為だったかもしれないが、その行動が俺のことを助ける要因になったのは確かだ。
舘から連絡を受けた生瀬は俺に電話を寄越し、今俺がどのような状況にいるのかも聞かないまま「任せてくれ」とだけ告げて通話を切った。
それから30分後だ、あのニュースがラジオから流れてきたのは。
「彼がいなければ事態には気付けなかった。俺と亜紀とのこともリークされていただろう」
「……そんなこと、させませんよ」
彼の言葉に吐き捨てるように呟いたつもりだったがグラスに口を付けていた彼が視線を向けたので口を開く。
「それは俺がさせません、絶対に」
「……そうか、それは亜紀の為か?」
「当たり前ですよ、貴方の為じゃないです」
俺は生瀬を守りたかったんじゃない。亜紀さんを、亜紀さんの気持ちを守りたかった。
だけど最終的には俺には何の力もなかった。最愛の人ですら救えなかった俺に生瀬に楯突くしなくはない。
しかし何かがおかしいのか、彼はふっと口角を持ち上げた。
「亜紀は君に出会えてよかったな。きっと幸せにしてやれる」
「貴方よりはそうでしょう。俺もそのつもりですし」
「そうだな、俺は彼女に与えてやることしかできなかった」
空になったグラスを見つめる瞳が彼女のことを懐かしむようにものを語る。
「なのに、亜紀が一番欲しがっているものを与えてやれなかった」
「……」