君のことは一ミリたりとも【完】
この男、本当に亜紀さんのことを愛していた。彼女の言葉通り、今のパートナーと別れ彼女と同じ道を歩むことでさえ視野に入れていたのだろう。
どうして亜紀さんが生瀬を好きになったのか少しだけ理解できた気がする。彼はどこまでも真っ直ぐな男だった。
「これは俺が最後にしてやれる償いだよ。悲しませてしまった分、君が笑顔にさせてやってくれ」
「……」
そしてどこまでも身勝手な男だと思った。だけどだからこそ亜紀さんは依存した。
その理由を目の前で見せられ、心の中の感情がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたような胸糞悪い気分になる。
嫉妬の感情で押し潰されそうになる。
俺はこの男に、彼女が過去に愛した男に負けたのだ。
生瀬と別れ、とぼとぼと帰路に着く。亜紀さんからは「先に帰る」という連絡があった。
もうあの記者たちが亜紀さんを嗅ぎ回ることはないだろう。そう安心していたがやはりもう少しだけ警戒して彼女を家に住まわせておこうか。
部屋の前に着きインターホンを鳴らしても出てこない彼女を不思議に思って持っていた鍵で玄関を開ける。
玄関先からリビングの明かりがついているのを確認出来たので部屋の中に入るのだろう。
「亜紀さん?」
リビングのドアを開けて中を覗く。部屋の中は静寂としており、テレビの電源が付けられニュース番組が流れている。
俺に背を向けるようにソファーに座っていた亜紀さんはこちらを振り返らないまま、テレビの画面を見つめて言った。
「どうして、何も言わなかったの」