君のことは一ミリたりとも【完】
何かを含んだような笑みを浮かべる唐沢は相変わらず信用がなく、一人呆れ返っていると「店予約してるから早くいこ」と先陣を切って歩き出した。
あの週刊誌の事件から、私たちは至って普通の恋人を続けている。
お互いに若くもないので必要以上に引っ付いていないし、休日はお互いのプライベートを優先するし、会うのだってこうして仕事終わりに居酒屋で飲む時ぐらいだ。
そろそろ付き合い始めて1ヶ月以上立つけれど、キス以上の進展もなし。
それ以上を私が望んでいるわけではないけれど。
素の性格は合わないが仕事に対する姿勢はよく似ていて、ご飯を食べているときに彼がごくたまに溢す愚痴は気持ちを理解できることも多かった。
今日だって唐沢が予約してくれた人気居酒屋でサシ飲み。話すことも特に内容もない世間話。それなのに気が付いたら時間は経っていて、唐沢といるといつだって過ぎる時間があっという間に感じられた。
帰り道、店を出るとアルコールで熱った頬を夜風に晒しながら駅まで二人で歩く。
「人気なだけあってどの料理も美味しかったなー」
「そうね」
「亜紀さんは気になる店とかないの?」
「……あるけど」
ぼそっと呟けば「次はそこ行こうよ」と彼がはにかむ。
仕事終わりに落ち合って、一緒にご飯を食べて、帰り道に次の約束をする。
至って普通の恋人同士の会話。
唐沢が恋人なのが、変にこそばゆい。
「……もうちょっと離れて歩いて」
「えー、何でそんな寂しいこと言うのー?」
「っ、邪魔! 歩きづらい!」