君のことは一ミリたりとも【完】



だけど今、そういう空気に一瞬なった。人の死も知らずにケラケラと笑う唐沢の姿を見て、意識しているのは私だけみたいで恥ずかしい気持ちになった。
どうしてこうにも私には余裕がないのだろう。


「仕方ないなぁ。じゃあ家まで送るからちょっと待ってて」

「いい、気分転換に歩いて帰るから」

「それ聞いて素直に一人で帰すと思う?」


亜紀さんって本当学習能力ないよね、と呆れた物言いで罵倒してくるところは高校の頃から変わっていない一面でもあるけれど。
彼の中にある相反する二つの面を見せられ、どちらを信じればいいのか戸惑うことがある。

それか、どちらの面も持つ唐沢爽太という男を受け入れればいいのだろうか。

準備するからと言ってリビングを出ていった後ろ姿を見届けるとやっと息が付ける思いがした。
だけど今日会ってから自問自答を繰り返したお陰で、一つだけ見えたことがある。


『亜紀さんはこの先、ずっと俺と一緒にいる覚悟ある?』


彼は「ある」と答えたその問い掛けに、私はまだハッキリとした答えが自分の中で出ていない。


「(私にはまだない……)」


彼にあって私にないもの。
また、裏切られるかもしれないという恐怖。

私はまだ、唐沢と一緒にいる覚悟がない。


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