君のことは一ミリたりとも【完】
すると置きっぱなしにしていたスマホが再び鳴り始め、「電話?」と画面を見るとそこに表示されていた名前に苦虫をすり潰したような顔を浮かべてしまった。
恐る恐る通話ボタンをタップしてスマホを耳に当てる。
「お、お母さん?」
《亜紀? 声聞くの久しぶりね》
「そうだね、なんか用?」
久しぶりと言っても前に電話で声を聞いたのは1ヶ月前だ。実家にはお盆と正月は帰っているから比較的にそんなに久しくはないだろう。
1ヶ月ぶりの母の声は何処か上機嫌で、きっとお酒を飲んでいるのだろうと推測出来た。
《なんか用って、用がなくちゃ連絡しちゃ駄目なの? 亜紀ってばここ最近忙しいって言ってなかなか連絡くれないじゃない》
「忙しいのは本当だし、それは謝るけど……」
このテンションの母は昔から苦手だった。しかし私に非があるのは明らかだった。
どのタイミングで通話を切ろうかと悩んでいると、その話題が彼女の口から飛び出したのは予測していたよりも早かった。
《ところで例の人とは上手くいってるの? 最近話聞かないけど》
「っ……」
例の人、というのは昔実家に帰った時に親の前でポロっと溢してしまった生瀬さんのことだった。
あの頃の私は生瀬さんが奥さんと別れてくれると信じていたし、本当の意味での恋人だと思い込んでいた。
勿論不倫をしていた、とは親には言えないしどうしたものかと言い淀んでいる間に次々と母が私を責め立ててくる。