君のことは一ミリたりとも【完】




「(とか考えている時点で忘れられていない……)」


生瀬さんを見て何も感じなくなったら、彼を忘れられたことになるんだろうか。












元々私は違う会社に就職していて、社会人2年目の頃に生瀬さんと出会った。
彼はその時既に今いる会社を経営していて、私は仕事の関係で関わることがあった。

その時に会社の理念だったり、起業した目的、彼のことをよく知る機会があり、この人の下で働くことが出来たらなと自然に感じた。
すると生瀬さんは私が勤めていた会社との仕事が片付くと私に声を掛けてきた。


『是非これからも一緒に働かないか? まだまだな会社だけれどやりがいはあると思うし、何よりもこれからこの会社を大きくしていく上で君の力が必要になると思う』


だから俺についてこないか。

私の答えは一つだった。

それまで私は誰かにこんな風に必要とされたこともなかった。自分の中で誇れるものなんて陸上部で培った体力だったり、集中力だったりしかなかった。
今の会社に自分の居場所があるとも思ってもいなかった。きっと私が抜けても誰かが私の代わりになる。働くことに対してお金以外の目的なんてあまりなかった。

だけど生瀬さんは私自身を見てくれた。私のした仕事内容だけじゃなくて中身で私を必要としてくれた。
この時から私はきっと彼に惹かれていた。誰もが羨むカリスマ力と頼れるリーダーシップ、出会って間もないのにこの人についていけばきっと大丈夫だとさえ感じた。

この人のために働きたい、初めて働く上での目的を見つけた。

そんな彼が既婚者だと知ったのは私が今の会社に入社して一週間ほどが経った頃だった。


「(あの頃は生瀬さんの傍に居られるだけで幸せだったな……)」


残業を終えた私は明日の準備をした後に会社を退社した。



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