君のことは一ミリたりとも【完】




駅へと向かって歩き始めるが徐々にそのスピードが緩まる。
今度は家に帰るのが億劫になってしまった。

あの家にはまだ生瀬さんとも思い出がありすぎる。
私は踵を返すと目的地を変えて再び歩き出した。

入ったのは近くのビルにあった二階のカフェ。夜も落ち着いた雰囲気で仕事終わるのサラリーマンやOLが仕事の疲れを癒していた。
ブラックのコーヒーを頼むと丁度窓側のテーブル席が空いていたので座って窓の外の風景を眺めた。今まで歩いていたオフィスビルが立ち並ぶ通りが並木に付けられた電飾で照らされている。

ふと視線を逸らすと視界にソファーで横に座るカップルが入ってくる。
肩を寄せ合って同じスマホの画面を眺めて仲良しそうにする姿を眺めながら、私はコーヒーを口に運ぶ。

あぁやって、人前で生瀬さんと並ぶことはなかったな。恋人として会っていたのはホテルぐらいだったか。
会社で会うと社長と部下の関係になってしまうから。


「(もし生瀬さんが結婚していなかったら……)」


私と彼がああやって肩を寄せ合う未来はあったのだろうか。


「あ、」


突然聞こえた声に顔を上げる。目に映った人物を見て私も「え」と声を漏らす。
コーヒーを片手にこちらを見つめていたのは金曜日以来に顔を見た唐沢だった。

何でこんなところにいるの。


「どーも」

「……」


唐沢は私がいることに意外そうにしていたがそう軽く挨拶すると何事も無かったように私の隣を通り抜けて店の奥へと入っていった。
驚いた、まさかこんなところで出会うなんて。結構ここのカフェお気に入りでよく来てたのに。




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