君のことは一ミリたりとも【完】
だけどどうやら私に用事はないらしい。そのことに安心して再び窓の外に人の流れを見つめていると空いていたので前の席に誰かが腰掛けた。
「なっ……」
「だって席空いてないんだもん」
そう言って私の目の前に座ってきた唐沢が笑う。あからさまに嫌悪感を顔に出すと「酷いなー」とケラケラ笑っていた。
あぁもう、生瀬さんの次に会いたくない奴が。今日は厄日なんだろうか。
「金曜日以来だね、元気してた? 俺のこと『馬鹿じゃないの』って罵っててどっか行ったけど」
「……」
「河田さんここら辺で働いてるの? 俺もすぐ近くのビルで働いててさ」
「……」
「ふーん、無視ね」
私が何も返事をしないと彼はつまらなそうにコーヒーを飲んだ。
早く飲み干してどっかに行け。早く帰れ。しかしそんな焦りは見透かされているのか、全く私の前から去ろうとはしない。
私が席を外した方が早いんじゃないかと思ったその時、唐沢はあの時のことに触れた。
「この間の、あれ彼氏?」
「っ……」
「あ、"元"彼氏か。ごめんねー」
全く悪びれる様子のない彼はそう乾いた笑いを漏らす。
この挑発に乗ったらまたこの男の手のひらで転がされるだけだ。