君のことは一ミリたりとも【完】
"不倫"、その言葉に一瞬だけ過去の記憶が戻ってきた。吐き気を催すその単語と河田さんの顔が重なった。
河田さんはそういうことする人じゃないって思ってたんだけどな。
「(死のうとか考えてないといいけど……)」
……考えすぎか。
て、分かってたけど。
何で俺ここにいるんだろう。
仕事終わり、昨日河田さんを見かけたカフェの目の前にいる自分自身に疑問を持つ。
いやいや、もう河田さんのことはどうでもいいじゃん。何で俺がそこまで気にしてるわけ。
そもそも不倫なんかした河田さんも自業自得だし。
「(確かにちょっと言いすぎたかもって思ったけど……)」
次会う時にサラッと謝ればいいかと思ったが、その次がいつ来るかも分からず、もしかしたらここは彼女の行きつけなのかもしれないと仕事終わりの少しの時間を縫って来たのだが。
目の前のカウンターで俺の顔をニコニコと微笑みながら伺っている若いアルバイトの店員に「いつまで店の前で突っ立っているんだ」と思われているように感じ、仕方がなく店の中に入って珈琲を注文する。
店をぐるりと一周してみたが河田さんの姿はなかった。別に毎日来てはいないということか。
会ったってちゃんと謝れるかどうか分からないし、またいつもみたいに口が勝手に酷いことを語ってしまうかもしれない。
俺の発した言葉でズタズタになる河田さんは一度見てみたいけど、この間の様子じゃ絶対に見られなさそうだ。
「(阿呆くさ……)」
本当に俺はどうかしてしまったんだろうか。