君のことは一ミリたりとも【完】
「確かにこのイケメン具合ならプロデューサー直々に出てきて宣伝した方が効果はありそうだな」
「お花と水の融合がテーマなんですよね、面白そう。私も休日誰か誘っていこうかなー」
「え、誰誘うの」
秘密ですーと仕事に戻っていった加奈ちゃんが俺の後ろを通る時に一瞬だけ肩に手が触れたような気がした。
顔を上げて彼女の方を向くと悪戯が成功したような表情を浮かべて嬉しそうに笑う。
全く、歳上のおじさんからかったら痛い目見るよ。
「(生瀬、俊彦ねぇ……)」
あれから毎日のように夜あのカフェに通っているが河田さんの姿は全く見つけられない。
そもそも仕事が終わる時間が違いすぎるのかもしれない。それか俺があそこに通うことを知って寄り付かなくなったか。
それはありえそうだ。
「(生瀬はこれからもメディアで取り上げられることは多いだろう。その中で不倫なんてスキャンダルされたら一発で彼の功績は消えてしまう……)」
生瀬は河田さんよりも仕事の方を選んだというわけか。
その日は金曜日で世の中は華金華金というけれど納期が近付いてきている時の出版社には関係のないことだ。
あとは家に帰ってやろうとパソコンを閉じて時計を見ると針は10時を回っていた。フロアには俺以外にも何人がポツリポツリと残っていたがこのままでは終電を逃しかねんと素早く帰る準備をしてビルの外へ出た。
いつも通り駅へと足を動かす。その途中であのカフェがあるビルの前を通る。
どうせ今日はいないのだからやめておこうと足を止めずにその前を通り過ぎようとする。
顔を見るために会社へ行くというのと考えたがそこまでする理由が思い付かない。