君のことは一ミリたりとも【完】
「生瀬からでしょ。こんな時間に電話掛けてくるとか意外に暇なのか」
な、と皮肉めいたことを言おうとした口がその光景を見て止まる。
通話を切った河田さんの目から透明な涙が溢れ、頬を伝っていた。
彼女は自分が泣いていることに気が付くとそれを指で掬って、そして更に涙を流す。
と、
「もう、話してくれないかと思った……」
そう言って顔を真っ赤にして目を腫らす彼女に俺はとてつもない焦燥感に駆られた。
あの同窓会の夜、生瀬に振られて泣いていた彼女を見た時と同じ、
そして卒業式で彼女の涙を見た時と同じ胸の苦しさを覚える。
「(なんで、)」
どれだけ俺が酷いこと言っても、どれだけ心を傷付けても……
泣くことを我慢して、平気なふりをして、強がってしまうのに……
なのに何故、生瀬の電話一本で彼女は涙を流すのだろうか。
あぁ、何だろう。これ。
「(気持ち悪い……)」
やっぱり俺の知らない男に泣かされる彼女は好きじゃない。
そんな醜い感情を、俺は生瀬に対する嫉妬心であると認めた。
そしてその男のために流している涙が不覚にも綺麗だと思えてしまったことに酷く腹が立った。
彼女のスマホを持っている側の腕を引っ張り自分の方を向かせると、無防備になっていたその唇に口付けた。
俺に対して強がりな言葉しか言わないその口を、キスで塞いだ。