君のことは一ミリたりとも【完】
「美人で料理出来て社長夫人って、本当に千里さんって完璧だよなぁ。社長も凄い人だし、凄い人には凄い人が集まるんだな」
「……」
生瀬さんはこの会社を設立してまもなく、元いた会社の社長の娘さんであった千里さんと結婚した。
仕事の功績が良かった彼は千里さんの父親から贔屓されていたこともあり、今の会社を設立した時も力を貸したという。
「あ、千里さん! 社長から聞きましたよ! お子さん生まれるんですよね!」
誰かがそう言った瞬間に、オフィス内はお祝いムードに包まれた。
「知っててくれたのね、そうなの。今2ヶ月目で」
「へぇー、社長と千里さんの子供ってめちゃくちゃ可愛いの確定してるじゃないですか!」
「ふふ、彼に似たらそうなるかもね」
「やだー、千里さんだって」
耳を塞ぎたくなる。彼に言われたこと、全部を思い出してまたあの夜みたいに自暴自棄になる。
『妻のお腹に子供がいる。亜紀、俺たちの関係を終わらせよう』
罪のない子供のことなんて恨みたくない。もしかしたら子供は一つのきっかけなだけで、生瀬さんはずっと私との関係を辞めたかったのかもしれない。
彼と付き合っているときは確かに奥さんに対して罪悪感を感じていた。だけど生瀬さんは私だけに愛を囁いてくれるものだと信じていたし、彼の言うことを全て受け入れていた。
好きだから、彼のことを疑いたくなかった。
だけど開いてみれば現実はうまくいくわけもなかった。
唐沢の言うことは正論だ。不倫をするなんて馬鹿らしい。不毛な恋なんてしない方がマシ。
それでも生瀬さんといた頃の私は幸せでしかなくて、そんな自分の過去を疑いたくはない。