君のことは一ミリたりとも【完】
早く忘れるのが一番いい。
「河田さん」
そう思っていた矢先、人の群れから離れると千里さんは何を思ったか私の方へと近付いてきた。
「良かったら河田さんもどうぞ。それとも甘いものは苦手?」
「……いえ、ありがとうございます。いただきます」
私はこの人を真正面から見ることができない。私にないものを全て持っていて、それなのに私は彼女の大事なものを奪ってしまっていた。
酷いことを何度も考えた。罪悪感で同じ空間にいると息が詰まりそう。
私は彼女が持っていた箱から一つクッキーの袋を取り出そうとする。
私と彼女の距離が縮まった瞬間、私は彼女にとあることを囁かれた。
一瞬、何の話か分からなかった。
「貴方の粘り勝ちかなって思ったんだけど、そうでもなかったようね」
「っ……」
真っ赤なルージュが口にした言葉に動揺して私は袋を地面に落としてしまう。
彼女はそれを拾い上がると何事も無かったように私にいつもの微笑みを見せた。
「はい、どうぞ」
「……」
お礼の言葉が掠れて出てこなかった。彼女は私が何かを言う前にフッと笑みを漏らすと社員たちの前へと戻って行く。
私は彼女から手渡されたクッキーの袋を見つめ、暫くの間動けなくなる。