君のことは一ミリたりとも【完】
5 真っ直ぐな彼女
彼女の泣き出しそうな顔を見ただけで、何故か気持ちが満たされるような気がした。
あれが他の男を想っての悲しみであるならば少し気に食わないが、だけど俺に対して何も口に出さないよりかはマシだと思った。
何より嫌なのは、彼女が俺の見ていないところで泣くことだ。
「(ていうか俺、河田さんのこと好きなのか……)」
昨日の夜、丁度まだ会社に残って働いていた時に珍しく知らない番号から電話が掛かってきた。
不審に思いつつも出てみると途切れ途切れになって聞こえてくるのは女性の声だった。
俺のことを唐沢と呼び捨てにするのは河田さんくらいしかいないから直ぐに気が付いた。
倒れた河田さんのことを迎えに行くと彼女はうわごとで好きだった男の名前を何回も呼んだ。そのことにはあまり腹は立っていなかったのだが、どうしてそんなにもその男に対して未練を抱えているのかは分からない。
彼女にとって人生を変えるほどの出会いだったのか。
《先日から開催される東京フラワーフェスティバル。平日の今日も大盛況となっております》
職場のテレビから流れてくるのは生瀬がプロデュースを務めるフラワーフェスからの中継だった。
前々から興味を示していた加奈ちゃんが手を止めて眺めている。
「いいなぁー、楽しそう」
「友達でも誘って行ってみたら?」
「やですよー、だってカップルばっかりですよ? 女の子だけで行ったら浮きますって」
「そうかな」
別に家族づれだって多いだろうに。しかしテレビでもやっていたように去年よりも男女での参加が増えているらしい。
何やら生瀬が今年は若者向けのイベントをいくつか用意していたようで、それが上手いこと集客の要因にもなっているようだった。
テレビ画面には開催初日のイベント会場に登壇する生瀬の姿も流れた。