君のことは一ミリたりとも【完】
そう言って彼女はあと500メートルぐらいしかない距離を走って帰ろうとする。
だけど俺はそんな彼女に何も言えなかった。
もっと優しい言い方は出来なかったのだろうか。しかしこのまま曖昧な関係を続けている方が彼女にとっては酷なのだと思うとああ言うしかなかった。
少しだけ、河田さんのことを上手く振れなかった生瀬の気持ちが分かった気がした。
定時を少し回った頃、加奈ちゃんが仕事を終えて帰ったのを見計らって竹村が俺のところにやってきた。
「加奈ちゃん振ったらしいな」
「は? 何で知ってんの?」
「俺、相談に乗ってたから。さっき泣きながら俺のところに来た」
なるほど、竹村は彼女の気持ちをずっと知っていたのか。だとしたら加奈ちゃんからの気持ちを交わし続ける俺のことをどう思っていたのだろう。
しかし竹村はそんな俺のことを責めることもなく、空いていた隣の席に腰を下ろした。
「どうした? なんかあった?」
「何で?」
「珍しく思い詰めてそうだったから。ほら、何でも話せって言ったばっかだろ」
「……」
得意げにそう笑った彼に深く息を吐いた。
「好きな子がいるからって振ったんだよ。だけど思ったよりも振った方にもダメージが来るもんなんだなって」
「好きな子って、この間話してた子?」
「そう」