クールな社長の溺甘プロポーズ



「澤口社長、余計なこと言わないでください」

「ははは、星乃の前ではかっこつけだなぁ」



けど、いつも余裕のある大倉さんをこんなふうに転がしてからかってみせるなんて……自分の父親ながら、すごい。

笑うお父さんに、バツの悪そうな顔をする大倉さん、という光景にしみじみそう思ってしまう。



感心していると、お父さんはグラスの中のお酒をひと口飲んで話題を切り出す。



「で?結婚話は進んでるか?」

「えぇ、それなりに」



その問いに対して大倉さんは、照れることなくすんなりと肯定した。

よし、今がチャンスだ。言う、言うぞ。



『私、大倉さんとの結婚話、前向きに考えようと思う』、『だから改めて、よろしく』って。

そう、自然に言ってみせるんだ。



「あ、あのさ!」



意を決して発言すると、お父さんと大倉さん、ふたりの視線がこちらに向く。



「私、私……あの、その」



よし。言うんだ。頑張れ私!



「わ、私……とっ、トイレ行ってくる!」



そう言うと、私はすぐさまその場を立ち上がり、足早に個室を後にした。



あぁ、もうバカ!私のヘタレ!

たった一言言えばいいだけなのに、言えない。

それどころか逃げ出してしまうなんて。

気持ちを伝えることは、こんなにも勇気がいるのだと、初めて感じてる。



「はぁ……」



そのまま逃げ込むようにやってきた女子トイレで、深く息を吐きながら鏡を見れば、そこには頬を赤くした自分の顔が映っている。



緊張でこんなに顔が熱くなるなんて……かっこ悪い。

こんなんじゃ、一生言えない気がする。



……あの日、『結婚しよう』と言ってくれた彼も、こんなふうに緊張していたのかな。

表情に出ないからわかりづらいけど。もしそうだったなら、嬉しい。



私も、一歩踏み出す勇気を出さなくちゃって。

そう、思えてくる。



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