クールな社長の溺甘プロポーズ
なにかを我慢していた、男の子……。
彼の話に、ふと思い出す。
そういえば、子供の頃に一度だけ知らない男の子がうちに来た記憶がある。
だけどそれ以来その子は来ることはなくて、お父さんに確かめても、『そんなことあったかなぁ』とはぐらかされてしまったんだった。
だけど、その話にしっかりと思い出した。
ある日の夜、お父さんが家に連れて来た男の子。その子は少し年上の、無口でどこか悲しげな目をしていた。
その表情はなんだか、泣きたそうで、でもぐっと我慢をしているようで。
「『悲しそうなのにずっと我慢してる。我慢しなくていいんだよ、嬉しい時に笑うように、悲しい時には泣いて、甘えたい時にはたくさん甘えていいんだよってお父さんが言ってた』って、さ」
そう、だ。
あのお父さんからの言葉を、私はその子に伝えたんだ。
その日の最後の記憶は、緊張の糸が緩んだように涙をこぼした彼の泣き顔。
その時のことを思い出しているのか、大倉さんは目を細め微笑む。
「そうか、俺は泣きたいほど寂しかったんだ、って。自分の気持ちを認めたら、初めて涙が出た。
泣き疲れて眠った翌日、目を覚ましたら自宅にいて、泣き腫らした顔の父親がいた」
きっと、私のお父さんから話を聞いて大倉さんのお父さんも初めて彼の気持ちを知ったのだろう。
「『気付いてやれなくてごめん』って、そう言って頭を撫でてくれた。その日がきっかけで、俺と父親は次第に普通の親子になれていったんだ」
幼い頃自分がもらった言葉が、自分が伝えた言葉が、彼の日々を変えた。
そのことがとても嬉しく、今、この心あたためてくれる。
「それから、星乃のことが頭から離れなかった。星乃の言葉が、笑顔が、記憶から消えることはなくて、澤口さんとも会うたび星乃の話ばかり聞いた。
いい思い出を恋と勘違いしてるのかもしれないと恋人も作った。けどそれでも、続かなかった」
その言葉とともに、大倉さんはそっと柔らかな微笑みを見せる。