クールな社長の溺甘プロポーズ
それからしばらくは出席者への挨拶などに追われ、ようやく場が落ち着いた頃を見計らって私たちはテラスへと出た。
「ふう……いい風」
ビルや観覧車など、横浜の夜景を遠くに見ながらほどよい潮風にあたっていると、隣に立つ大倉さんもひと息つくように夜空を見上げた。
「大丈夫?疲れた?」
「いや、いつものことだ。星乃こそ大丈夫か?」
「えぇ。あんなに沢山の人に囲まれるなんて普段ないから、ちょっとびっくりしたけど」
ふふ、と笑う私に、こちらへ向けられたその目は少し細められる。
先ほどまでの、社長としての表情とは違う。私がよく知る表情だ。
「ねぇ、思ったことを率直に聞いてもいい?」
「あぁ。なんだ?」
私が、こんなことを言うべきではないのかもしれない。
けれど、このまま気付かないふりはできない。
「……みんな、大倉さんに話しかけているのに大倉さんを見ていないようだった」
ぼそ、とつぶやいた言葉に、彼は否定することなく口をひらく。
「仕方ないさ。どこの会社も大きな企業とつながりを作りたい気持ちで頭がいっぱいだからな。褒め言葉も挨拶も、そのためのセリフでしかない。あの場の人々の目に映るのは、俺じゃなく会社と、親父の存在だ」
……そう、だ。
それが、あの場の違和感の正体。
透けて見えてしまった、あの人たちのこころ。
大倉さんに声をかけながらも、その言葉の先には会社の損得しか見えていないこと。
大倉さん自身も、昔から同じような気持ちを感じ取っていたのだろうか。
そう思うと、婚約者として紹介したかったという気持ちはきっと、ひとりの人間としての彼なりの主張だったんじゃないかなって、そう思えた。
大きな会社を継ぐって、大変なんだな。
自分を見てもらえないのは、悲しい。