クールな社長の溺甘プロポーズ
「やっぱり星乃だ。久しぶり、仕事帰り?」
「……久しぶり」
まるで“普通の友達”のように話を始める沙也加に、声がうまく出てこない。
普通にしなくちゃ、せめて愛想笑いでも作らなくちゃ、そう思いながらも口角は上がらない。
「元気だった?春樹も星乃のこと気にしてたよ。電話もつながらないーって」
無神経なフリでズカズカと踏み込む言い方に心に黒いもやがかかると同時に、『春樹』というその名前に胸にズキッと痛みがはしる。
電話もつながらない?
……どの口で言うんだか。
「……ごめん、仕事が忙しくて。なかなか連絡とか、取る気になれなくて」
「あっ、そうだったんだぁ。星乃、相変わらず仕事大好きなんだね」
ピンク色のリップを塗った小さな唇を動かし笑う。それは、一見かわいらしい女の子だろう。
「けどそんなんだから、彼氏が離れて行っちゃうんだよ?そろそろ女としての幸せも考えなくちゃ」
けれど、私の目にはその言葉を口にする沙也加の表情は、上から目線の勝ち誇ったような笑顔に見えた。
彼氏がとか、幸せがとか、なんでそんなこと、言われなくちゃいけないの。
出かかった言葉が声にはならずに喉に詰まって、息苦しさを感じさせた。
「じゃあ、私これから春樹とデートだから。またね」
結果として黙ることしかできなかった私に、彼女はひらひらと手を振りその場を後にした。
ひとり残されたその場で、足は止まったまま動かない。
早く、一刻も早くこの場を立ち去ってしまいたいのに、固まってしまう。
……悔しい。ムカつく、腹が立つ。
言い返してやりたいのに、なにを言ってもなににもならない気がして、できない。
『そんなんだから彼氏が離れて行っちゃうんだよ』
私を置いて、離れてしまった彼の心。
悪かったのは、誰?
彼?
彼女?
……違う。私、だ。
いつも彼を選べなかった、私。