初恋のうたを、キミにあげる。


西島くんはモテる人だから女子に触れるのなんて慣れているのかもしれない。


「もう行ったっぽい」
「え?」
「階段から降りてきた人、舌打ちしてどっか行ったよ」

この状況で頭がいっぱいで先輩が来たことに気づかなかった。西島くんは私から離れると、「ごめん」と呟くように言った。


「これくらいしか思い浮かばなくて……気持ち悪いことしてごめん」
「え、いやいや! むしろ助かったよ! ありがとー!」

必死にいつも通りを装って笑顔で西島くんを見る。

そして、彼の表情に驚いてしまった。

恥ずかしそうに顔を少し赤く染めている。

慣れているんじゃないの?と疑問が浮かんだけれど、そんな失礼なこと言えない。



「さっきの人、付きまとわれてんの?」
「あー……付き合ってもないのに付き合っていたことになってて、しつこくやり直そうって言ってくるんだよね」

周りにも元カノだって誤解されていそうだけど。もともと私は評判もよくない。

ゆるく巻いた金に近い明るめの茶髪。制服も着崩していて、先生に叱られるのなんて日常茶飯事。上級生の女子からは嫌われてしまっているし、同級生でも最近まで女友達はいなかった。


「うわ、それ結構厄介じゃん。協力できることがあれば言ってよ」
「え、あ……ありがとー!」

深い意味なんてないのはわかっている。西島くんが助けてくれたのも、今みたいな言葉をくれるのも、私だからじゃない。

西島くんの大切な幼なじみと私が友達だからだ。


「じゃ、俺行くわ」
「うん、またねー!」

西島くんと別れて階段を上っていく。先ほどの出来事を思い出して、また少しだけ頬が熱くなった。

助けるためとはいえ、あの西島くんに抱きしめられたなんて夢みたい。あれはモテるはずだ。

あんな風に助けてもらったからって、勘違いなんてしないし、夢も見ない。最近少し話すようになったけれど、遠い存在なのは変わりないんだ。

教室に戻ると、私の元に小柄な女の子が駆け寄ってきた。



「きぃちゃん」

二年生になってから仲良くなって、最近では私をあだ名でくれるようになった彼女は星夏ちゃん。おっとりしていて優しい女の子だ。


「あ、あの大丈夫? 追いかけられてたって……」
「あはは、大丈夫だよー! なんとか巻けたし!」
「そっか」

ほっとしたように微笑む星夏ちゃんがかわいくて、思わずぎゅっと抱きしめる。すると、じっと私の方を見ている視線を感じた。


「ちょっとー、慎ちゃん怖いんですけど!」
「別に」
「はいはい、離れますよーっと」

ヤキモチ妬きで面倒くさい慎ちゃんは星夏ちゃんの彼氏で、私の幼なじみ。ふたりが仲良くなり始めたのがきっかけで、私も星夏ちゃんと仲良くなった。


「きぃちゃん……本当に何かあったら言ってね?」
「うん! ありがと」

きっと星夏ちゃんは西島くんから連絡が入ったのだろう。ふたりは幼なじみなのだ。


「つーか木崎、俺らから先輩に言おっか?」

中学から仲のいい大城こと、おーちゃんが心配そうに聞いてきた。首を横に振って、大丈夫と答える。きっとおーちゃん達が入ると先輩はもっと面倒なことになりそうだ。


「無視してたらそのうち諦めるよー」
「お前は楽天的すぎ」

慎ちゃんの言う通り楽天的過ぎるのかもしれないけれど、校内であまり会わないようにすればいいし、先輩は三年生だからあと半年くらい我慢したら卒業だ。


「あ、次教室移動だよ」

気づけばほとんどの生徒が教室からいなくなっていた。星夏ちゃんがいなかったら、すっかり忘れていた。急いで準備をして、みんなで教室を出る。

私と星夏ちゃん、慎ちゃんにおーちゃん。教室ではよくこのメンバーで一緒にいる。友達と一緒にいるのは楽しいし、不満なんてまったくない。けれど、ときどき羨ましくなる。

星夏ちゃんと慎ちゃんが幸せそうに話しているのを見ると、私も恋がしたいなと思ってしまう。


また誰かを好きになることなんてあるのだろうか。



でも……さっき久しぶりに誰かにドキドキした。


突然のことだったからかな。それともカッコイイ男の子だったからかもしれない。


「きぃちゃん、顔真っ赤だよ。もしかして体調悪い?」
「え、ま、真っ赤?」

頬に手を当ててみると確かに熱い。

西島くんに抱きしめられたことや向けられた笑顔を思い出すだけで照れくさくなってくる。


「きぃちゃん?」
「大丈夫大丈夫! 行こ!」


まだなにかが始まったわけではない。

困っている私を見兼ねて偶然助けてくれただけで、多くの女子の憧れの的の彼は私にとって遠い存在の人。




それでも少しだけ未来に期待しながら、足を踏み出した。




END
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