星夜光、きみのメランコリー
「…天香を見てると、色んなことが狂ってくる感覚がする。不思議なんだよ」
千歳くんの視線は、あたしの右腕に移された。長袖のシャツを肘までめくりあげていたからか、そのまま右手の傷跡に指を這わされる。
「…今日は、隠さねーの?」
「う、うん…。もう放課後だし。昼間はボタンまで締めてたよ」
「ふうん」
汚い傷跡。普通の女の子の腕にはなかなかないもの。それを千歳くんにじっくりと見られることは、やっぱり少し、恥ずかしい。
「…天香」
「ん?」
「お前、色にこころが見えるって、前に言ってたじゃん」
「うん」
「それで、この間も泣いてたじゃん」
「…うん」
じんと痺れる指先。千歳くんの指がゆっくりと触れるけど、やっぱり感覚は戻らない。
使い物にならなくなった手。それによって、かけなくなったもの。できなくなったこと。
それを思い出して、この間は辛くなっていたんだっけ。
…まだ、全てを彼に話せたわけじゃないけれど。
「…俺もね、お前に話したいことがひとつだけある」
それでも千歳くんは、こんなあたしをいつも、受け入れて対等に見てくれているんだ。
「…話したい、こと?」
「うん、そのために呼んだ」
「?」
ヘーゼル色の目にとらえられる。右腕を撫でていた指は静かに離れて、さっき千歳くんが持ってきていた本に移された。
…なにかの写真集。外国のものだけれど、そこにはたくさんの絵が描かれてあった。
「…絵画?」
「うん、そう。外国の雑誌なんだけどね」
風景画が多い。たまに人物も入っているけれど、空や草原、海のものが多かった。
鮮やかな油絵。英語で説明が書かれてあるんだろうけど、それをいちいち和訳している余裕はなかった。
「…綺麗」
「そう?」
「うん、とても」
色が生きている。そう思った。虹は色の宝庫だと、さっき右京くんに話したけど、まさにそう。
…この絵画は、色の宝庫。