星夜光、きみのメランコリー
美術の時間がどうしても苦手だ。
「“ 感情 ” を、絵に表して描いてください」
黒縁眼鏡をかけた、少し変わった男の先生から指示が出た。ハシバ先生。某有名美術大学を出たとかで、ちょっと有名な人らしい。
今回出された課題は、さっき先生が言った通り。“ 感情 ” であれば、なんでもいいらしい。
キャンバスの前に座って、その白い一面を見つめる。相変わらずこころが分かりづらい色。まるで読めない。
これからそこに、用意されたアクリル絵具でいのちを生み出していくのに、そのコはじっとこっちを見たまま黙っている。
…美術の時間は、苦手だ。
「天香〜。“ 感情 ” だって。なんか曖昧で難しくない?」
隣に座っていた千種が、険しい顔でこっちを向いた。毎回、美術の成績がほかの教科よりもはるかに悪いらしい彼女は、きっとこういうお題は苦手分野。
「大体、感情なんて見えないものじゃん。それを絵に表せって言われてもねぇ」
ブツブツ文句を言っている。それなのにパレットには鮮やかな黄緑色の絵の具が出されているのだから、面白い。
彼女は、一体どんな感情を絵にしようとしているのか。
「天香はどんな感情をテーマにするつもり?」
黄色の絵の具をパレットに出していたわたしを覗き込んで、千種は言った。
なんとなく、この色を選んでしまったけれど、“ 自分たちの感情 ” を、“ こころを持つ色たち ” を使って描くことはなんだか変な感じがする。
「んんん…、どうしようかなあ」
迷いながらも、出した一色を、真っ白な世界にポツンと置いた。
シャッと筆を動かすと、濃い部分、薄い部分ができて、それだけでもう、いくつもの命が生まれてくる。
「どうしようかなあとか言いつつ、左手動いてる」
「えへへ、考えながら描く作戦」
「つまりは、適当ってこと?」
「そうかも」
…慣れてない左手。ううん、ここ最近は、だいぶ慣れてきたのかも。
今日もリストバンドに包まれている右手は使わない。指先に感覚があまりなくなっている。それなのに、思うような絵は描けないから。