きみだけに、この歌を歌うよ
独学だから上手くないって、そんなのぜったい嘘だ。
小さいころからピアノの英才教育うけてたでしょ?
そう疑ってしまうくらい、九条くんのピアノの伴奏は見事のひとことで。
忙しなく駆け回る指を目で追っていると、目が回りそうになるほどだ。
九条くんが演奏するピアノの音色を聴いていると、愁と過ごした日々のことが次々と頭の中に蘇ってきた。
『あー……やばい、好きすぎておかしくなりそう』
浜辺でこの曲を聴いているときに、愁に後ろからぎゅうっと抱きしめられたこと。
『菜々ってマジでその歌好きだよな。毎日聞いてるんだろ?あ、いつか一緒にライブ行こうよ』
私の部屋の中で、愁にぽんぽんと頭を撫でられたこと。
私の頭の中はまだ、こんなにも愁でいっぱいだ。