君はヴィラン ―冷血男子は結婚に懐疑的―
魔獣出現!
 建物全体の気配を感じるべく、由真は屋上へ向かった。エレベーターで最上階まであがると、いっそう魔獣の気配が強くなった。

 近づいている確かな感覚を感じながら、由真はさらに非常階段を昇った。通常、施錠されているか、開けると警備室に警報が出るのではないかと思われる、屋上へ続く扉は開け放たれていた。

 由真が屋上へ出ると、そこには邪悪な気配がよどみ、うずくまるようにして、形になろうとしていた。

 それは、繭のようだった。幼虫を包み、成虫への羽化を控えた邪悪な繭に。

 屋上の緑色に塗られた床の上に、ぽつんとある、その中には、うっすらと、うずくまる緩嫁が居た。

 由真は、魔獣が誕生する瞬間を初めて見た。

 繭をやぶるように、腕が出た。その腕は、既に人のそれでは無かった。

 鱗をまとい、銀色に光る皮膚は、ぬらぬらと液体のようなものを纏っている。

 産まれたばかりの胎児が、羊水を身にまとっているように、濡れた肌が、繭を引き裂き、繭の中にいた緩嫁が起き上がった。

 頭があり、身体がある、という意味で、元は人であった事を思わせる形状ではあったが、肌は全身銀色の鱗で覆われ、本来瞳があるべき所は、暗い闇を吸い込むような穴があるようにも見える。

 しかし最も特徴的なのは髪だった。一本一本がうねる、意志を持った蛇のような形状。

 それは、ギリシア神話に出てくる妖女、メデューサに似ていた。

 そういえば、魔獣は自分の中にある『魔物』あるいは『恐怖の対象』が具現化される事があるのだと礼門が言っていた事を思い出した。

 覚醒直後で、その『かつては緩嫁』であった魔獣は、周囲への警戒が薄い。
 そして、見回しても、トーリの姿は無く、今、屋上にいるのは由真と魔獣だけだ。

 由真は、ハンドバックに入れておいたウェアラブルデバイスを取り出して、腕にはめた。
 通信機能を起動し、KIST本部にいるはずのルナを呼んだ。

「はいはーい、どうですか、婚活パーティは」

 婚活パーティの潜入という事で、魔獣出現までは想定していなかったのか、ルナの声は明るい。

「ごめん、それは後で、魔獣が出た、一応、皆を集めて、場所はトレースしてくれる? もう、時間が」

 意識を魔獣に向けつつ、ではあったが、その一瞬の隙をついて、魔獣が由真の背後に回りこみ、するどい爪が由真を引き裂こうとした瞬間、由真は床を蹴って飛び退った。

「っぶなー」

 傷は負わなかったものの、背中に直接空気が触れている感じで、由真は服が裂かれたのだと思った。

 自前の一張羅だったらと思うとぞっとするが、経費で新調しておいてよかった、と、思いつつ、けっこう気にって、他の服との着回しも想定していた由真は、少しばかり残念に思った。
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