君はヴィラン ―冷血男子は結婚に懐疑的―
不愉快な女
 由真は、饒舌な男がそもそもあまり好きでは無い。父がよくしゃべる人間だったせいだろうか。

 過去の恋愛経験で、無言でいる事を気まずく思う事はあったけれど、藍と過ごす時間は、不思議と心が落ち着き、気持ちが安らいだ。

 今、これが、婚活サイトのパーティだという事を由真は忘れてしまいそうになる。

 しかし、その、心地良い静寂は、甲高い女性の声によって壊された。

「あのぉ、ここってぇ、空いてますぅ?」

 ハイトーンの耳にキンキンくるような声を不自然なほどに語尾を伸ばしながら、愛されゆるふわワンピース姿の一人の女が藍に話しかけてきた。

 その様子は、由真の存在を完全に無視しており、一顧だにしない。

「いえ、そこは……」

 藍が答えるより早く、その女は、さっきまでトーリが座っていた席にくねくねと尻をのせた。

「あ、私、緩嫁(ゆるか)フミエって言いますぅ」

 ゆるそうなユルカちゃんは由真の前に身を乗り出すように藍へも自己紹介を求める。

 藍が少し困ったような様子で顔をしかめ、明らかに不快な様子を見せたが、緩嫁はかまわずに椅子をひきずって更に藍に近づいた。

「あのっ!」

 由真が、緩嫁に声をかけたが、緩嫁は意図的にそれを無視した。

 カッチ−−−−ん。と、由真の中で何かが切れた。

「おいコラ、まだ座っていいとも空いてますとも言ってねぇだろうが、何勝手に座ってんだ、あん?」

 ヤンキー口調全開で由真がすごむ。

 ……しまった、と、あわてても、もう遅い。口にした言葉はもう戻らない。
 緩嫁はチャンスとばかりにおびえた様子を見せて、

「やだー、何、この人、こわーい」

 と、しなをつくりながら藍に擦り寄ろうとした。

「いえ、いきなり近寄られても、困りますので」

 初めて藍が会話らしい言葉を話した。

 根拠も無く、男の方は自分の味方をしてくれると思っていた緩嫁は、藍の冷たい物言いに、顔を真っ赤にして怒りに震えている。

「お嬢さん、そんな朴念仁は放っておいて僕とあちらでお話しませんか?」

 絶妙なタイミングでトーリが現れた。

 緩嫁は、あからさまにトーリと藍を値踏みするように見比べた。彼女の頭の中の電卓が、それぞれの身につけているものを総額しているキータッチの音が聞こえるようだった。

「はい♪ そうしますぅ、何か、ここ、雰囲気悪くてぇ」

 トーリのエスコートに上機嫌な様子で緩嫁はその場から立ち去った。
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