千年前の約束を言われても、困ります
第二章 変化した日常
「……ま、……さま…!!」
遠くで誰かの声がする。
早く起きなきゃ、と思っていても今のまどろみが愛おしい。暖かく、優しい誰かの腕に抱かれているようなふわふわとした感覚だった。
「麗花様!」
「…う…、フミさん…?」
「そうですよ、起きてください。もうお昼になりますよ、どこか具合でも悪いのですか?」
「いいえ…」
なら良かったです、とフミさんはあらかじめ持ってきた私の着替えをタンスの中に綺麗にしまい始めた。時計を見ると確かに時計の針は12時少し前を示しており、窓からは春の暖かい光が差し込んでいた。
「珍しいですね。麗花様いつもご自分で降りていらっしゃるのに」
妙に頭や体はスッキリしており、フミさんの話をまどろみながら聞いていた。
だが、昨夜の大群の妖の情景が脳裏をかすめた瞬間、ゾクッと背中が震えた。あの出来事を途中までしか記憶がない。それは私が気を失ってしまったからだ。
(玄関だったはず…もしかして妖が私をここまで…?)
あのときただならぬ恐怖を感じ、死さえも連想した。だが、ここまでわざわざ私を寝室に運んだところを見ると、誤解があるのかもしれない。
一つ一つ起こった出来事が驚くほど鮮明に思い出されていく。なぜ急に妖が見えるようになったのか、なぜ私なのか。それに…
(姫様…、主…。駄目だ、バカげてる。夢、夢だ、うん)
私を運んでくれたのはフミさんだと思い、私は洋服を既にしまい終え、台所に戻ろうとしている彼女に話かけた。
「フミさん、昨日私をここに運んでくれた…?」
すると私の思惑に反するように、フミさんはきょとんとした顔をした。
「いいえ? 私がしまりを終えたときには、もうお休みになっていらしたので、ご自分で戻られたのでは?」
「え……?」
「どうかなさいました?」
「……いいえ、多分寝ぼけていたのね。ごめんなさい、大丈夫よ」
今日の麗花様はおかしいです、とフミさんはクスッと笑い部屋を出ていった。
一人残された私は現実とは認めたくなくて再び布団の中に潜り込んだ。
(……ありえない話よ)
胸には恐怖、焦り、疑問、とまどい…色々な思いが交雑していた。
それから冬休みが終わり学校が始まる始業式まで、私は一切外には行かなかった。