婚活女子とイケメン男子の化学反応
その後、私は零士さんの車でアパートに送り届けられた。
「よかったら、お茶でも飲んで行きませんか?」
別れ際、私は勇気を出して誘ってみた。
今夜こそ、零士さんとの関係を先に進めたいと思ったからだ。
もうトラウマなんて言っていられない。
零士さんの気持ちを、しっかりと繋ぎ止めておかなければと思ったのだけど。
零士さんは少し考え込んでから、申し訳なさそうに私を見た。
「ごめん……明日はイベントで朝がちょっと早いから」
「そ、そうですか。分かりました。じゃあ、また今度」
断られた恥ずかしさを隠すように、私は笑顔で返す。
「ごめんね」
「いえ……」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
運転席の窓が上がり、零士さんの車はエンジンの音を立てながら去って行った。
ホッとしたような、残念なような……。
複雑な気持ちで車を見送っていると、突然、背後から聞き覚えのある声がした。
「鈴乃」
ハッとして振り向くと、そこには1年振りに見る兄がいた。
「お兄ちゃん!」
「ただいま、鈴乃。お兄ちゃん、またこっちで暮らすことになったから」
「そ、そうなんだ」
商社務めのお兄ちゃんは、仕事で度々海外赴任になるのだけど、目の放せない家族がいるからと一年足らずで帰ってくる。
会社は親のことだと思っているみたいだけれど、お兄ちゃんの言う“目の放せない家族”とは私のことらしい。
幾つになっても、この不出来な義妹のことが心配でたまらないのだと言う。
「それより……今のは鈴乃の彼氏か?」
お兄ちゃんの目が鋭く光る。
「あっ、うん。実は私ね、彼と結婚することになって」
「ダメだよ、鈴乃。お兄ちゃんは反対だ」
お兄ちゃんの言葉にビクッとする私。
「どうして?」
「だって、あの男、鈴乃のこと本気で愛してないだろ?」
「そ…そんなことないよ。零士さんはちゃんと私を愛してくれてるよ」
お兄ちゃんの言うことはいつも正しいけれど、零士さんのことだけは譲れない。
「いや……彼がもし本気で愛してたら、鈴乃の誘いをあんなふうに断ったりしないと思う。次の日どんなに朝が早くたって、普通は鈴乃との時間をとるよ」
「そんな……」
「それにさ、こんな格好……全然、鈴乃に似合ってないよ」
お兄ちゃんは私を見ながら、大きくため息をついた。
「鈴乃は根暗だし、人間的に魅力がないんだから、外見だけ取り繕ったってムダなんだよ。こんなの返って悪目立ちして、周りから反感や悪意をかうだけだ。散々嫌な思いをしてきたのに忘れたのか?」
お兄ちゃんの言葉に、昔の記憶が蘇る。
学生時代の壮絶なイジメ。
いくら親に相談しても自分のせいだと取り合えっても貰えず、結局、私をあの苦しみから救い出してくれたのは、お兄ちゃんだった。
でも……。
私は手をキュッと握りしめ、お兄ちゃんの顔を見上げた。
「お兄ちゃん。もうあの頃とは違うから大丈夫だよ。悪意を向けてくる人なんていないし、みんな誉めてくれるよ。零士さんのことだって、お兄ちゃんが誤解してるだけ。ちゃんと幸せになるから、もう心配しないで」
「鈴乃」
「近いうちに零士さんを連れて挨拶に行くから。お母さん達にも伝えておいて」
私はお兄ちゃんにそう言うと、そのままアパートの階段を駆け上ったのだった。