婚活女子とイケメン男子の化学反応
「で? 一体何があったんだ?」
零士さんは淹れ立てのコーヒーを運んでくると、向かいのソファーに腰掛けた。
麻里奈さんを見つめる目は真剣だ。
こんな時に嫉妬なんかしたくないけれど、彼女を大切に思っているのが伝わってきて胸が苦しくなる。
すると、麻里奈さんがバックから白い封筒を取り出した。
「実はね……家のポストにこんなものが入ってて」
麻里奈さんはそう言いながら、中に入っていた1枚の手紙をテーブルの上に広げた。
“いつも君のことを見ているよ。君も早く僕を好きになって欲しいな。じゃないと、僕は何をするか分からないよ”
そこには、雑誌から切り取られた文字で、そんな不気味な言葉が貼り付けられてあった。
うわっ。
確かにこれは怖いかもしれない。
当事者でない私でもゾクッと鳥肌が立つ。
「何これ。やった奴の心辺りは?」
零士さんの顔つきが一気に険しくなる。
「ないわよ。日本に帰って来てまだ一カ月ちょっとだし、離婚で戻ってきたことだって、零士と葵にしか話してないんだから」
「となると、考えられるのは、うちの会員か………」
零士さんは頭を抱えながら、深くため息をついた。
きっと河野さんの一件があったから、そう思ったのだろうけれど。
私の頭の中には、葵さんの顔が浮かんでいた。
あれから何の音沙汰もないけれど、確かに彼は何かを企んでいる様子だったから。
何だか共犯者のようで心苦しい。
こんな形で麻里奈さんを不安がらせて、どうする気なのか謎だけれど、これが葵さんの仕業なら彼女に危害が及ぶようなことはまずないだろう。
それだけが救いだ。
ホッとする私の横で、麻里奈さんが不安げに呟いた。
「警察に届けた方がいいかな?」
「えっ、警察はダメです!」
思わず声を上げてしまった私。
そんな私に、二人の視線が集まる。
「どうして?」
零士さんが首を傾げた。
ど、どうしよう。
でも、葵さんのことは言えないし。
「いえ、あの……もし会員さんが犯人なら、あまり大ごとにしない方がいいんじゃないかなって。こんな短期間にストーカー騒ぎが続いてしまったら、結婚相談所自体の評判も落ちてしまうでしょうし」
結局、そんな理由しか浮かばなかった。
「別にそんなことはどうだっていいよ。何かあってからじゃ遅いんだし」
零士さんの声がちょっと冷たく感じた。
そりゃ、そうだ。
葵さんを庇うあまり、人として最低なことを言ってしまったのだから。
ズキンと心が痛む。
「いいよ、麻里奈。警察に届けよう」
零士さんは麻里奈さんに視線を戻した。
けれど、今度は麻里奈さんが首を振る。
「ううん。鈴乃さんの言うとおりかもしれない。会員さんなら対処の仕方もあると思うし、もう少し様子を見てみるよ」
「麻里奈……」
「ただ……」
麻里奈さんが申し訳なさそうにこう言った。
「実は私、今、実家に一人なのよね。両親は仕事で大阪に行っちゃっててさ。だから悪いんだけど、暫くの間、零士のところに泊めさせてもらえないかな」
え……。
まさかの言葉に狼狽える私。
麻里奈さんは更に続けた。
「ほら、葵も実家暮らしだしさ、出戻りのことはまだ誰にも言えてないから、零士くらいしか頼る人がいないのよ。もちろん寝るとこなんて床で構わないし、決して二人の邪魔はしないから、何とかお願いできないかな」
必死に頭を下げる麻里奈さん。
零士さんは私の方をチラリと見た。
本当は泊めたいけれど、私に遠慮して「いいよ」とは即答できないといった感じだ。
ここでダメなんて言える勇気もなく、「私は構わないですよ」と答えざるを得なかった。
「ごめんね、鈴乃。早く解決させるから」
そんな零士さんの言葉に、私は複雑な心境で頷いたのだった。