婚活女子とイケメン男子の化学反応
しかし、私はその夜、かつてないほどの嫉妬と怒りに震えた零士を見ることとなる。
ことの発端は、夕方に来た葵からのメールだった。
『麻里奈に頼まれてたカラーリング、今夜ならやってあげられそうだけど。店にこれる?』
行きたいのは山々だけど、今日は残業だしなあ……とひとりブツブツと呟いていると、頭上から零士の声がした。
「ふーん。せっかくだから葵にやってもらったら?」
「うーん。でも、まだこの入力作業終わってないし」
「そんなの、俺ひとりでやるから」
「えっ、いいの?」
「ああ。さっきは俺もちょっと言い過ぎたから。これでチャラな? 後で送ってやるよ」
「うそ、ありがとう」
と、そこまでは良かったのだけど……。
葵の店でとんでもないものを目撃してしまった。
どういう訳か葵と鈴乃さんの二人が、スタッフルームのソファーの上で抱き合っていたのだ。
葵は必死に弁解した。
自分達は決して疾しい関係ではないと。
鈴乃さんが自分の上に股がっていたのは、スマホを取り合っていたからなのだと。
一瞬修羅場になりかけたけれど、零士も納得して、何とかその場は収まった。
「はあ~もう、やめてよ~。何やってんのよ、葵!!」
零士と鈴乃さんが出て行った後、思わず葵の肩を叩いてしまった。
「ああ。マジ焦ったわ。零士に殺されるかと思った」
「そうよ、あの男を怒らせたら命なんてないわよ。なんせ3才から空手道場に通い、高校では柔道で全国大会よ」
「ホント恐ろしいね」
「だいたい葵も、何で鈴乃さんにカットモデルなんて頼むかな~。葵はただでさえ誤解されやすいんだから、気をつけないと」
「だって、彼女、綺麗な髪してるから」
「そうかもしれないけど……零士は知らないんだからね、あの事を」
「そうだよね。気をつけるよ」
シュンとなる葵を見て、ちょっと気の毒に思った。
一見チャラそうに見える葵だけど、彼に下心なんてある訳がない。
何故なら、彼は同性愛者だから。
でも、このことを知っているのは私だけで、零士さえも知らない秘密だ。
過去に親友が離れていったことがあるから、大事な人ほど言えないのだという。
『麻里奈には俺の秘密を教えてあげるよ。実は俺もさ、高校の時の先輩に惚れてるんだけど、麻里奈のように嫉妬でおかしくなりそうなんだよね。って言っても、俺の場合は一生報われない恋なんだけどさ』
大学の頃、英士のことで苦しんでいた私に、葵はそう言って打ち明けてきた。
さすがに、彼の想い人が男だと知らされた時は驚いたけれど、私達はそれ以来、辛い時にお互いを励まし合う仲になった。
まあ……私が英士と別れてしまってからは、すっかりそんな話もしなくなってしまったけど。
とにかく、葵が零士を裏切るつもりなどないことは、私が一番良く分かっていた。
「あっ、おかえり、零士」
葵の声で振り向くと、零士がドアの所に立っていた。
「ごめんね、零士。鈴乃ちゃんにも悪いことしちゃったよね。零士からも謝っておいてよ」
なんて、呑気に話しかける葵めがけて、零士は恐ろしい顔つきでスタスタと歩いてきた。
「おまえさ………いい加減にしろよな」
さっきまでの落ち着き払った零士とは、まるで別人だった。
「ダメよ、零士! 葵、逃げて!!」
咄嗟にそう叫んだけれど間に合わず、零士は拳を振り上げて、葵は激しく床に飛ばされた。
それでも容赦なく胸ぐらを掴み、葵に二発目をお見舞いしようとする零士。
「零士やめて! 葵は鈴乃さんに手なんか出してないわよ! 鈴乃さんの方にその気がなければ、あんな体勢になる訳ないんだから!! あれはただの事故よ」
私は夢中で零士の右腕にしがみついた。
「分かってるよ……分かってるけど許せないだろ。鈴乃に触れていいのは俺だけなのに……マジでムカつく」
零士は悔しそうにそう言うと、再び葵を見下ろした。
「二度と鈴乃に近づくなよ? 今度はこんなもんじゃすまさねえからな」
コクコクと頷く葵を見て、零士はようやく右手を下ろしたのだった。