婚活女子とイケメン男子の化学反応

それでもマンションに帰ってくると、零士は何事も無かったかのように鈴乃さんの前で笑っていた。

夜の11時。
いつものように、零士が鈴乃さんに声をかける。

「鈴乃、そろそろ眠いだろ。先に寝てていいよ」

いつもの鈴乃さんなら、ここで頷いて寝室へと向かうのだけど、今日は何か言いたげに零士を見つめていた。

お邪魔かしらと慌てて廊下に出ると、ドア越しに零士の甘ったるい声が聞こえてきた。

「ん? どうしたの、鈴乃」

零士のこの溺愛っぷりには、毎回胸やけしそうになる。

「えっと………今日は本当にごめんなさい。ふざけてたとはいえ、軽率でした」

「何だ、そんなことか。鈴乃は気にしなくていいんだよ」

「でも」

「俺は鈴乃をちゃんと信じてるし。大丈夫だから」

「零士さん」

「ほら、もう余計な心配しなくていいから、ゆっくり休みな」

「はい、じゃあ……おやすみなさい」

「うん……おやすみ、鈴乃」


な~に、カッコつけちゃって。
散々ヤキモチ妬いて、あんなに大暴れしてたくせに。

呆れながらリビングに戻ると、零士がパソコンに向かいながら私に言った。

「なあ、麻里奈。今度の土曜なんだけどさ、鈴乃を連れて実家に行ってきてもいい?」

「あ~うん。別にいいけど………」

実家と聞いて、ふと英士の顔が浮かぶ。
結婚の挨拶なら、英士も来たりするのかな。

そうしたら、私が戻ってきたことも伝わる?

ひとり考えていると、零士が私の顔を見つめた。

「やっぱ、ひとりじゃ不安か?」

「えっ、何?」

「ストーカーだよ。あれっきり音沙汰はないけど、まだ油断はできないもんな」

「ああ……ストーカーね」

すっかりストーカーのことなんて忘れていた。
あんなに恐ろしい手紙をよこした割に、全くと言っていいほど気配を感じないからだ。

ただのイタズラだったのかな。
今週何ごとも無かったら、そろそろ実家に戻ろうか。
いつまでも迷惑をかける訳にもいかないしね。

「別に平気よ。ひとりで大丈夫」

「そっか。じゃあ、もし外出するときはタクシー使って」

「うん。分かった」

「よし、じゃあ、おまえも、そろそろ寝ろよ。明日も早いしな」

追い払うように零士が言う。

「は? 何でよ。まだ11時じゃない」

私は鈴乃さんと逆で、長く眠ることができないのだ。

「おまえがいると、仕事が捗らないんだよ」

「そんな言い方ないでしょ。いつも手伝ってあげてるのに」

「だって、おまえ、家だとくだらない話ばっかしてくるだろ?」
 
「くだらない話って失礼ね! 一緒に企画を練ってあげてるんじゃないの!」

「そういいながら、すぐ話が脱線するし」

「それはお互い様でしょ!」

なんて、

まさかこんなささいなやり取りが、鈴乃さんの心を深く傷つけていたなんて、この時の私には知る由もなかった。





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