婚活女子とイケメン男子の化学反応
「麻里奈、そろそろ駅弁食べようか?」
仙台に向かう新幹線の中で、英士が優しく呟いた。私はコクリと頷いて、手にしていたスマホをバッグの中にしまう。
「まだ、零士からの連絡なし?」
「うん。今日は鈴乃さんの会社で待ち伏せするって言ってたんだけどな。上手くいかなかったのかなあ」
「まだ、お昼になったばかりだし、これから話し合うところなんじゃない?」
英士の言葉にそうかもと納得し、駅弁を開けた。
「うわ~おいしそう。いくらがたくさん入ってる」
「麻里奈はいくらが好きだもんな」
「うん。あっ、英士の牛肉弁当も美味しそうね」
「ハハッ。いいよ、俺のもあげるから好きなだけ食べな」
英士は目を細めながら、ペットボトルのお茶をゴクゴクと飲んだ。その手には私とお揃いのペアリングが光る。
これは、昨夜、零士から返ってきたものだ。
英士は全く覚えがないそうだけど、私が結婚した日にやけ酒をして零士に預けていたのだという。
その間、零士が女よけにつけていたようで、それを聞いて、鈴乃さんの件はやはり私が原因だったのだと確信した。
『鈴乃さん、きっと誤解してるよ。だって私の指輪見て悲しそうな顔してたもの』
零士にそう言うと、彼も気づいていたのか力強くこう返した。
『大丈夫。明日鈴乃の誤解は全て解いてくるから。必ず連れ戻してくるよ』
私はようやくホッとした。
もし私のことを誤解しているだけならば、すぐに解決できると思ったからだ。
だから、こうして英士と共に、仙台へと向かった訳なのだけど。
その一時間後。
私のスマホに入ったのは、信じがたい知らせだった。
『麻里奈……………俺のせいで…………零士が車に』
泣きじゃくる葵の声に、ただ事ではないと感じた。
『葵! しっかりして!! 今、どこにいるの!!』
『桜丘……中央病院』
『分かった! すぐに行くわ』
私は英士と共に急いで仙台から引き返して、桜丘中央病院へと向かったのだった。
病院に着くと、零士の緊急手術が行われていた。
零士は葵を庇って車に跳ねられたのだという。
「俺のせいだ。俺の………」
葵は思い詰めたような顔で、病院の待合室の隅にうずくまっていた。
「ちょっと来て、葵」
私は葵を連れ出し、人気のない談話室を見つけて座らせた。
「一体、零士と何があったの?」
私が問いただすと、葵は自分の罪を全て告白した。
零士のことが好で、鈴乃さんとの仲を壊そうとしたこと。私をストーカーの手紙で怯えさせて利用したこと。
それを零士にバレて、死のうとしたのだと語った。
もちろんショックだったけど、報われない恋に苦しんできた葵の弱さを受け止めてあげられるのは、私しかいないと思った。
「葵………どうして私に相談してくれなかったの。自分を見失う前に私に言って欲しかったよ!」
私は葵を抱きしめた。
葵は泣きながら、私の胸の中で小さく震えていた。
と、その時だった。
「悪いけど俺は君のことを許せないから」
ハッと顔を上げると、英士が葵を睨みなから立っていた。
「英士」
今の話を聞かれてしまったようだ。
英士はツカツカと歩いてくると、私から葵を引き剥がし、胸ぐらをギュッと掴んだ。
「君は大切な弟の幸せを壊し、大事な恋人の心を傷つけたんだ。俺はそんな君を絶対許さない。自分の犯した罪から逃げるなよ? 君にはもう死ぬ権利なんてない。どうしたら償えるのか…ただそれだけを考えてろ!』
英士は強い口調でそう言うと、葵を勢いよく放し、私を連れて談話室を出て行った。
……
それから1週間後。
生死を彷徨っていた零士の意識が戻った。
ようやくホッとしたのも束の間、医師から後遺症のことが告げられた。
『骨折が治ってみないと分かりませんが、頚椎を損傷しているで車椅子になる可能性があります』
それを聞いた英士は、鈴乃さんのことを諦めた感じだった。
葵はそんな零士の為に、鈴乃さんの行方を必死になって探し始めた。それが、彼が考えた償いの方法だったのだろう。
それならば私は……。
私は決心を固め、英士に自分の気持ちを打ち明けた。
「あのね、英士………こうなったのは私の責任でもあるの。鈴乃さんが出て行ったのは私の配慮が足りなかったせいだから。人の幸せを壊しておいて、自分だけ幸せになんてなれない。だから、私はここに残って零士の会社を手伝おうと思う。それが私にできる唯一の償い方だと思うから」
「麻里奈……」
「ごめんなさい」
涙を堪える私を、英士がギュッと抱きしめる。
「分かったよ、麻里奈。麻里奈のしたいようにすればいい。俺は何年だって待てるから」
英士はそんな言葉を残し、一人仙台へと帰って行った。