婚活女子とイケメン男子の化学反応
~鈴乃side~
「おい、あの美人誰だよ?」
「さあ…。誰かしら?」
「誰か名前聞いてこいよ」
「部屋を間違えただけじゃないの?」
そんなヒソヒソ声があちこちから聞こえてくる。
ここは、青山にあるお洒落なダイニングバー。パーティールームのドアを開けた瞬間、私はクラスメイト達の視線を一気に浴びてしまったのだ。
久々に心臓がバクバクと鳴り出した。
幹事の高津くんは、全員が揃うまでお店の前に立っていると言っていたから、しばらくは戻ってこない。
こんな状況、今までの私なら逃げ出していたことだろう。
けれど、もう昔の私とは違う。
零士さんが変えてくれたから。
私は深呼吸して、一歩前へと踏み出した。
「皆さん、お久しぶりです。図書委員をしていた仙道鈴乃です。半年前に結婚して村瀬になりました。最近、ようやく上がり症を克服したばかりなんですが、今日は皆さんに会うのをとても楽しみにしていました。仲良くして頂けたら嬉しいです。どうぞ宜しくお願いします!」
にっこり笑って、ペコリと頭を下げた。
『とにかく、笑顔で自分から挨拶すれば何とかなるよ』
ちゃんと零士さんのアドバイス通りにできたよね?
恐る恐る顔を上げると、私の周りを数人の女子が取り囲んでいた。
「仙道さん、ずいぶん印象変わったよね。ビックリしちゃった」
「ほんと、ほんと。高津くんから来ることは聞いてたけど、まさかこんなに綺麗になってるとは思わなかったよ」
「ねえねえ、新婚なんでしょ? 旦那さんはどんな人なの? よかったら、あっちで一緒に話そうよ」
彼女達の言葉に涙がジワリと込み上げる。
まさか同級生の女友達と仲良く会話できる日がくるなんて……当時の私には想像もつかなかったことだから。
そして、そのあと戻ってきた高津くんも、私を皆なの和の中に入れてくれて、私の13年越しの夢がひとつ叶ったのだった。
……
「高津くん。ちょっと抜けるね」
クラス会も終盤に差しかかった頃、私はトイレにいくフリをしてパーティールームを抜け出した。
廊下と客席を隔つ石壁はちょうど顔の高さの所がくり抜かれていて、零士さんのいるテーブル席が覗けるようになっている。
私は足を止めて、聞こえてくる会話に耳をすました。
「それにしても、皆さんほんとにレベル高いですよね~。村瀬さんなんて、モデルの人みたい」
「あ~そうそう、零士は副業でモデルもやってるからね」
「えーすご~い! ホントですかあ~」
「そんな訳ないじゃん」と零士さんかクスリと笑う。
「えっ、嘘なんですかあ~」
ヤダ~と笑いながら女の子も楽しそうに声をあげた。
そう。
これは、紛れもなく私の夫の合コン現場だ。
一体何故こんなことになっているのかと言うと、話は3日前に遡る。
……………
『零士さん、合コン行くってホント?』
会社で橋川さんが話していたのを思い出し、半信半疑で尋ねてみると、零士さんは苦虫を潰したような顔をした。
よくよく話を聞いてみると、橋川さんのことを気に入っているというIT会社社長の友人がいて、その彼を橋川さんに紹介しようとしたら、合コンの話だと勘違いされてしまったのだそうだ。
『でも、合コンくらいの軽いノリじゃないと、橋川も来ないだろうしな』と、零士さんも悩んでいる様子。
合コンなんてとんでもないと思ったけれど、確かに橋川さんの存在は私にとっても悩みの種だった。
天敵だった麻里奈さんもいなくなり、零士さんへの執着は日に日にエスカレートしてきている。
もう一層のこと私が零士さんの妻だとバラしてしまいたいところだけど、『危険だからやめて』と零士さんは許可してくれそうもない。
それならば、この合コンに望みをかけるしかないと、私も腹をくくったのだ。
『いいよ。でも、合コンは私のクラス会の日に同じ店で開いて欲しい。それならお互い目が届くし、安心できるでしょ? 零士さんが私のことを心配するように、私だって不安なんだから』
そう口にすると、零士さんは分かったと言って、私を強く抱きしめたのだった。
…………
こうして、今に至る訳なのだけど、私は零士さんに対してちょっとイラついていた。
どうもこの合コンを楽しんでいるように見えるからだ。
先ほどから見ていると、橋川さん以外の女の子2人のうち、可愛い方の子が明らかに零士さん狙い。零士さんの方もまんざらでもない様子で、彼女に対して気を持たせるような受け答えばかり。
そんな零士さんの態度に、橋川さんでさえもちょっといじけてしまっている。
私はバッグからスマホを取り出した。
ラインで注意するべきかと悩んでいると、ポンと誰かに肩を叩かれた。
振り向けば、そこには爽やかな笑みを浮かべる高津くんが立っていた。
「遅いから気になってさ。こんなところで何してるの?」
「えっ、あ~えっと」
まさか、夫の合コンをのぞき見していたなんて言える筈もなく、とりあえず手にしていたスマホを彼に見せた。
「ラ、ラインしようかと思ったの。夫に」
「あ~そっか。仙道さん新婚さんだもんね。今頃旦那さんも心配してるよね」
「それだけは…ないと思うけど」
「え?」
「あ、ううん」
だってこの壁の向こうで若い子とイチャついてますから…とは言えず、首を傾げる高津くんに私は苦笑いを浮かべたのだった。
と、その時。
テーブルをバンッと叩く音が聞こえた。
えっ?と壁穴を覗くと、橋川さんが泣きそうな顔をして店の外に出て行くのが見えた。
そして、そのあとを零士さんが追いかけていく。
咄嗟に私も二人の後を追って、お店の外へと飛び出していた。