婚活女子とイケメン男子の化学反応
~鈴乃side~
零士さんは、店を飛び出した橋川さんを捕まえて、人気のない路地裏へと入って行った。
そんな二人の後を追いかけてビルの陰からそっと覗いていると、一緒に付いてきた高津くんが私にコソッと耳打ちした。
「あの人達は仙道さんの知り合い?」
「あ、うん。実は私の夫なの。ちょっと事情があってね」
仕方なくそう答えると、高津くんは「えっ!」と目を丸くした。
「じゃあ、仙道さんの旦那さんは、新婚早々合コンに参加してたってこと!?」
「高津くん、お願い。今大事な所だから黙ってて」
私も必死なのだ。
「ご、ごめん」
高津くんは大人しくなり、再び零士さん達の会話が聞こえてきた。
「橋川さ。いい加減俺のことは諦めなよ? おまえにとっても時間の無駄だと思うし」
「里奈と付き合うんですか?」
「いや、あの子とは付き合わないけど」
「じゃあ、私にもまだ望みはありますよね?」
「ないよ。俺、本命いるから」
零士さんがとうとう言い切った。
私はゴクリと唾を呑む。
「それ誰なんですか!! 私、聞いてませんよ? 私の知ってる人ですか!」
零士さんの言葉に取り乱す橋川さん。
そんな橋川さんに、零士さんはスマホを出してこう言った。
「今近くにいるから紹介するよ。ちょっと待ってて」
零士さんは私を呼び出すつもりなのだろう。
大丈夫。
ちゃんと覚悟ならできてるから。
でも、すぐに出て行ったら不自然に思われるから、ラインが来るまで待ってよう。
そんなことを考えながら大きく深呼吸をした時だった。
「えっ、仙道さんの旦那さんって、そっちの人?」
ん? そっちの人?
高津くんの言葉に顔を上げると、葵さんが反対側の道路からこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。
あ~なるほどね。
そういうことか。
ようやく状況を理解した私は、とりあえずこのまま三人の様子を見守ることにした。
「ちょっと、どういうことですか! この人、男の人じゃないですか!」
「男と付き合ったら悪い?」
「う、嘘ですよね? 私を諦めさせようとしてこんなことしてるんですよね?」
信じられないという顔で橋川さんは首を横に振る。
「信じられないなら証拠見せてやろうか? 葵、俺とのキス写真あるだろ? 彼女に見せてやってよ」
そう言って振り向いた零士さんの後頭部に、葵さんは不意打ちで素早く手を回し、そのまま零士さんの唇に吸い付いた。
「えっ」
思わず持っていたスマホを落としそうになった。
「うわ~」
男同士のキスシーンに隣で見ていた高津くんからも声が漏れる。
恐らく零士さんも想定外だったのだろう。
目を見開いたままその場で固まっている。
葵さんはそんな零士さんをビルの壁へと押し付けて、そのままキスを続けた。
「い、いいの? これ」
高津くんが私の顔を覗き込む。
いい訳がない!
舌だってしっかり入れられちゃってるし、葵さんの容赦のない攻めに零士さんはすっかりなすがままだ。
いやらしく角度を変えながらキスはどんどん深まっていった。
もうやめて!と叫びそうになった時、ドサッと橋川さんが尻もちをついた。
「も、もう……いいですよ! やめて下さい! 村瀬社長には幻滅しましたから」
ここでようやく二人のキスは終了した。
と、その時だった。
「真奈美ちゃん、大丈夫?」
橋川さんに向かって、一人の男性がかけよってきた。
彼はさっきの合コンにも参加していた零士さんの友人だ。
「楠木さ~ん」
橋川さんは甘えた声を出して彼に抱きついた。
「ハハッ、もう零士のことはいいの?」
そんな彼の言葉に可愛くコクリと頷いた橋川さん。
彼女の変わりの身の早さには感心してしまう。
「じゃあ、零士。彼女はもらっていくわ」
楠木さんは橋川さんの体を横抱きにかかえあげると、ニヤリと笑って去っていった。
二人の姿が消えると、零士さんは放心状態のまましゃがみこんだ。
「おっまえ……何すんだよ」
葵さんを睨みつける零士さん。
その顔は生気を吸い取られたようにやつれていた。
「いや、この方がリアリティーがでると思ってさ」
「ふざけんなよ。舌まで入れやがって」
「まあまあ、いいじゃん。無事にあの女を追い払えたんだからさ」
葵さんの言葉に大きくため息をつく零士さん。
そんな二人の前に出ていくべきかと悩んでいると、高津くんが私の手をギュッと握った。
「仙道さん、お節介かもしれないけど俺は見過ごせないよ。仙道さんが彼らの為に偽装結婚させられたなんて」
「ええっ!」
何を言い出すのかと高津くんを見上げると、彼は真剣な表情で零士さんの方を見つめていた。
「あ、あのね、高津くん、さっきのは」
「行くよ、仙道さん」
「えっ、ちょっと」
高津くんは私の手を掴んだまま、零士さん達に向かって歩き出したのだった。