泣けない少女

始まりの日

side-優里

1997年8月…とある田舎にある病院でその子は産まれた。

｢産まれましたよ！元気な女の子です！｣

大量の汗と涙で顔を濡らしながらその子の母親…優里(ゆり)は笑顔を浮かべた。たった今自分のお腹から出てきた我が子…溢れ出る愛おしさに先程までの痛みなど吹き飛んでしまった。

｢ふふ…可愛い…｣

分娩室の外で待っている夫に自らの存在を知らしめる様に大きな声で泣く娘を見ながら、優里は以前から決めていた名前を口にする。

｢あなたの名前は…優愛よ｣

優愛(ゆあ)…優しく愛のある人間に育って欲しいという願いを込めた名前だ。

これからどんな時間を刻んでいくのだろう。今逢ったばかりだと言うのにもう既に先の未来を想像する。

｢優愛…大好きよ｣

これからどんな事が起きようとも、今日という日の事は決して忘れないだろう。そう思いながら、これまでの疲労がどっと押し寄せ、優里はいつの間にか深い眠りへと落ちていった。