泣けない少女
「ん〜…」

次目が覚めたとき、優里はリビングのテーブルに肘をつきながら考え事をしていた。優愛は何時もの光景としか思わず、その傍で1人で玩具を持ちながら遊んでいた。ボタンを押すと音が鳴る本。車を型どった乗り物。誰もが1度は買ってもらった事があるだろう。

「ねえ優愛…?」

その時優里が突然話しかけてきた。返事をしながら振り返ると、母親は一言「死にたい」とだけ言った。それを聞いた優愛は泣いて母の腕を握る。まだ幼かったが、死という概念は何となく理解していたからだ。死んだら母親は遠くへ行ってしまう、もう会えなくなると恐怖に駆られた優愛は嫌だと駄々をこねた。それでも優里の表情は変わることがなかった。しかしそこはやはり子供である。何も喋らない母親を見て、止められたと思った優愛は再び遊び始めた。

10分程してふと母親の方を振り返る。すると優里の片手にはカミソリが握られ、今まさに腕を切り付けている所であった。

「ママやめてぇ!うわーん!」

母の手を握って引っ張り、手の中にある刃物から遠ざけようとする。すると優里はカミソリをテーブルに置き、切った箇所に絆創膏を貼り付けた。安堵したのも束の間、母から発せられた言葉に優愛は凍りつく。

「はあ…もっと深く切れば死ねたのに…」

この時優愛は、自分の姿も声も母には届いていないのだと思い知った。どんなに止めても、泣いてもそれで母がこちらを振り向く事は無い。ただ虚ろな目をして宙を見つめるだけだ。

「ねえ、何で生きてるんだろうね?」

そんな問いに答えられるほど優愛は大きくない。ただ黙るしかない自分にもどかしさを覚えながらも、ただ泣くことしか出来なかった。しかし今日、自分が休まずに保育園に行っていたらどうなっていたのだろうか。それを考えると保育園に通う事自体が怖くなってくる。帰ってきたら母親が死んでいただなんて事になったらと思うと震えが止まらなかった。
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