泣けない少女
あの後父は仕事に戻り、夜になって帰ってきた。だが不機嫌なのは変わらなかった。

「早く飯用意しろよ!」

「もう少し待ってね」

キッチンに立っている母が返事をする。優愛はその間父と対面の位置に座っていた。父への恐怖心からお気に入りの黄色い椅子に座りながら俯いたままである。

「はい、出来たよ〜」

運ばれてきた今日のご飯は、ハンバーグにお味噌汁、ご飯と言った至って普通のメニューだ。目の前に置かれている箸を見つめながら、いただきますの合図を待つ。

「じゃあ、いただきます」

「いただきます…」

そして細かく分けられたハンバーグを口に運び、よく噛んで食べる。やはり目の前に座っている父親に怯えながら。

「優愛、お味噌汁零してる!」

優里がそう言いながら台拭きでそれを拭う。優愛はよく飲み物や汁物を零す。こうやって母親に拭いてもらうのも良くある日常だ。

「もっと綺麗に食べられないのか?」

しかし虫の居所が悪い父はそれを咎めた。何も言わない自分を見ながら舌打ちし、残りのご飯を掻き込むと、自分の分の食器を持ってキッチンに運んだ。そこまでは良いのだが、割れ物であるその食器をシンクに投げるように置いたのだ。ガシャン!と物凄い音がしてそれに驚いた優愛はびくびくとしていた。

「俺ちょっと仕事あるから」

そしてそのまま自分の部屋に入って行ってしまった。

「あーあ、割れてる…」

優里が父の食器を見に行くと、やはり茶碗が割れていた。新しいものを買わなければと言っている母親の姿を見ながら、今日はもう何も起きませんようにとただただ願っていた。
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