泣けない少女
「こんにちは。木下優里さんですね?まず、家族構成や幼少期の出来事など教えてください」

柔らかく微笑みながらそう言うカウンセラー。赤石病院でも、ここの医師にも聞かれた家族構成、思い出。出来れば話したくないが、精神疾患はそれらを把握する事が大事だと言われたため、先程も言った内容を何度も言葉を詰まらせながら話し出す。

「家族は…今は結婚して夫と娘が1人です…」

「結婚前は?」

それを話すのが嫌なのだが、隠していても何も進まない。

「私と姉と、祖父母と暮らしていました…」

「お父様とお母様は?」

私が子供の頃、何度この話でいじめられてきただろうか。それを考えるといい思い出等何一つない。しかし自分の口から話さなければならないのは最早拷問に等しかった。

「父は…私が産まれる三ヵ月前に自殺して、母は1人で育てきれないと祖父母と私達を養子縁組させて他の人と結婚しました…」

養子だと言うだけで、父親が自殺したからって幼稚園児の頃から酷いいじめを受けてきた。仲間はずれは勿論、給食は食べさせてもらえず、トイレに閉じ込められたりもした。小学生の時は自分の誕生日会をした翌日に仲の良かった友達から無視され、下駄箱の前で囲まれ殴られた。その衝撃で気絶しても誰も助けてくれず1人で家に帰る。中学では当時ボットン式のトイレで、モップをその中に浸してそれを顔にかけられたりもした。まともに友達と遊んだのは高校くらいだ。それを話すとカウンセラーは唖然としていた。

「えっと…では結婚してからはどうでしたか?」

その言葉でまたもや心が重くなる。結婚して暫く経った……優愛を授かる一年前の出来事を思い出し涙を浮かべる。

「今いる娘は…2人目の子供なんです。その一年前に息子を授かったのですが…夫が…」

『子供が出来たら俺の遊ぶ時間がなくなるだろ?早く堕ろせ』

勿論反発した。絶対に産むと誓っていたのに。夫が許してくれて、自分の親に子供が出来たと報告するために実家に行こうと言われたあの時、私は飛び上がるほど嬉しかった。しかしそれは全くの嘘だったのだ。

夫の実家に訪れた私は夫を含めた家族に子供を堕ろせと強要されたのだ。頷くまで帰らせてもらえず、私は精神的に追い詰められ遂に首を縦に振ってしまった。

堕胎手術をする当日の朝、私を病院へ送り届けた夫が言った言葉を私は今でも忘れない。

『俺は友人とスキーに行くから、頑張って堕ろしてきてね』
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