恋し、挑みし、闘へ乙女
ひと時の家出
四月十一日、午前四時。家出決行当日。まだ辺りは薄暗い。

家人……と言っても、今日は最強のミミも萬月もいない。一葉と運転手兼執事のジャン・菊衛門とシェフ兼メイド頭の駒江駒子だけだ。三人の起床は午前五時と決まっている。

乙女はトランクを抱えると忍び足で邸宅を抜け出した。

脱出経路は、幼少の頃、兄たちと遊んでいて見つけた秘密の抜け穴(単に塀の壊れたところ)からだ。

辺りを伺い誰もいないのを確認すると、乙女は「よいしょっと」と穴をくぐり公道に出た。

「脱出成功!」

塀を背中にニシシと笑い、何食わぬ顔で歩き出す。

「まずはポストへ、ゴー!」

昨日書き上げた原稿を“碧い炎”に送るためだ。

「原稿料が入ったら、一週間ぐらいの家出なんて楽勝、楽勝!」

財布にはクレジットカードも入っているし、と乙女は鼻歌でも歌い出しそうなほど浮かれていた。

――だから気付かなかった。
穴から出てきた乙女を物陰からジッと見ている男がいたことに。

「あっ、そうだ! うらら橋の傍に美味しい甘味処ができたってミミが言ってたわね。投函したら行ってみようっと」

そして、後を付けられていることを……。
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