恋し、挑みし、闘へ乙女
「でも、こんな早くにお店が開いているかしら?」

無事に原稿をポストへ投函した乙女は、ひと仕事終えた爽快感を感じていた。
懐から丸い時計を取り出して時間を確認する。

「四時七分。モーニングがあったらいいけど」

うらら橋は桜小路家から徒歩で三十分ぐらいのところにある。
船着き場が近くにあり、旅行者の往来が激しいところだ。

「そうだわ、そのまま船に乗って隣町に行こうかしら? 桜の名所と言われる“桜花の桃源郷”の薄紅桜が見頃のはず」

写真でしか見たことのない美しい薄桃色の風景を思い浮かべたその時――。

「なぁ、べっぴんさんのお嬢ちゃんよ」

背中の方からダミ声が聞こえ、声と同時に肩を掴まれた。
ヒッと乙女は息を飲み、ゆるゆると肩越しからその手の主に視線を向けた。

「あ貴方、誰?」

見たこともない男だった。

オフホワイトの中折れ帽に同色のスーツ姿。一見キチンとした身なりだが、どう見ても堅気と思えない優男に、危険信号が黄色く点滅し始める。

「俺のことはどうだっていい。それよりお嬢ちゃんだ。あんた、桜小路の乙女さんだろ?」

男が確認するように訊く。

どうして知っているのだろう?
乙女は気持ち悪く思いながらも答えてなるものかと口を一文字に結ぶ。

だが、男は「まっ、訊かなくても分かってるんだけどな」と唇の端を厭らしく上げた。
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