恋し、挑みし、闘へ乙女
大きな目をさらに大きく見開きミミが声を上げた。

乙女はアワアワと言葉もなくソファに身を預けたまま固まる。その乙女に向かって綾鷹がツカツカと歩み寄り、身を屈めると乙女をギュッと抱き締めた。

「あっ、あのぉ……私はこれで失礼致します」

パタパタと足音を立ててミミが下がると、沈黙が二人を包む。
聞こえるのは二人の息遣いと暖炉の上にある置き時計の秒針が進む音だけ。

何も言わない綾鷹に、乙女はこの後の展開が恐ろしくて微動だにできない。

一分、二分、いや、三分だったかもしれない。でも乙女にはとてつもなく長い時間に思えた。

ハァと綾鷹が乙女の耳元で嘆息を吐く。

「君は私の心臓を止めたいのかい?」
「――あの……お帰りはまだだったのでは……」

噛み合わない返事に綾鷹は苛立ち紛れに言う。

「君は大馬鹿かい? 君が拐かされたと聞き、そのままでいられると思うのかい?」

それでも月華の君のお伴だ、職務怠慢ではないだろうかと乙女は至極まともな意見を心の中で述べる。

「――というのは嘘だ。月華の君に戻れと言われたのだ。申し訳ないが私は仕事を放棄してまで戻るつもりはなかった」

やはりと乙女も頷く。

「だが、本心は飛んで帰りたかった」

ギュッと乙女を抱き締め、「よかった無事で」と綾鷹は溜息交じりに言葉を吐き出す。

「――はい……お陰様で」

何と答えたらいいのか分からず乙女は無難に答える。
それにしても、と乙女は綾鷹の腕の中で思う。温かくていい香り。
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