恋し、挑みし、闘へ乙女
その香りを嗅いだ途端、なぜ?
乙女の体がブルブルと震え出した。

拐かされたと分かったときも、殺されるかもと思ったときも、全く恐怖を感じなかったのに……どうしたというのだろう? 居心地良いこの腕に包まれていると、打ち寄せる波のように恐怖が湧き上がり押し寄せてくる。

「――我慢していたみたいだね。泣いていいよ」

綾鷹が優しく言葉をかけると、乙女の瞳からポロリと一粒涙が零れ落ちた。
涙というものは、一度流れ始めると堰を切ったように溢れ出す。

「綾鷹様ぁぁぁ、私、もう少しで殺められるところでしたぁ」

子供のようにギャンギャン泣き始める乙女の頭を、綾鷹はヨシヨシと撫で続ける。

しばらくしてようやく気が済んだのか、乙女はヒックとしゃくり上げ涙をハンカチで拭きながら訊ねる。

「それで永瀬蘭丸は逮捕できましたか?」
「いや、どこかに雲隠れしたようだ」

あの短時間で? 物凄く素早い行動だ。

「では、私のバッグは見つかりましたか?」
「それもまだだ」

携帯電話が見つからない限り、糸子から電話があったことが立証されない。

「あれが見つからないと糸子様の言い分が正しいことになってしまいます」

男性と失踪なんて……と乙女は悲しくなる。
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