恋し、挑みし、闘へ乙女
そう言えば……と乙女は思い出す。恐ろしげな声が聞こえるという噂以前に、鏡邸には周期的に偵察が入っているとミミが言っていた。

「以前行かれた時、何か気になることはなかったのですか?」

「なかった。私が赴いたのは一回だけだ。その後、巡回の意味で部下が定期的に訪れているが、怪しいと思えるような報告は何もされていない」

会計を済ませ、頼んであったラムレーズンチョコを店員から受け取り、「また何か思い出したら秘書に」と綾鷹がなぜか國光の携帯番号を教える。

「店員さん、メチャクチャ残念そうにしていましたよ」

車に乗り込みながら乙女が言うと、綾鷹が少し怒ったように言う。

「おや、君は私が他の女性にプライベートナンバーを教えてもいいと?」

言葉に詰まり乙女は黙り込む。心の声が咄嗟に『厭だ!』と言ったからだ。
車が発車しても乙女は黙ったままだ。

「――何か怒っているのかい?」

とうとう痺れを切らせ綾鷹が訊ねる。

「いえ、何も……」

乙女は考えていた。綾鷹が自分以外の女性と親しくなるのが厭だと思った理由を……そして、まさか……と運転席の綾鷹を盗み見る。
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