恋し、挑みし、闘へ乙女
「いや、すぐ仕事に戻らなくてはいけない。これを渡すために戻っただけだ」
「まさか無休で働いていらっしゃるのですか!」

月華の君め! ギリギリと奥歯を噛み、「労働基準局に訴えます!」と乙女が鼻息荒く言うと、綾鷹がまたよしよしと乙女の頭を撫でる。

「私の健康を心配してくれているのかな? 嬉しいよ。でも、大丈夫。見返りは事件が解決したら何十倍にしても貰うから」

綾鷹の瞳が策士に煌めく。

――これ、敵にしたくない眼だ。どのようなことを求めているのか分からないが、きっと綾鷹のことだ、月華の君を困らせるような見返りを要求するのだろう。

怖い怖い、と乙女は頭を振る。
そんな乙女を訝しげに見ながらも、綾鷹がチュッと乙女の額にキスをする。

「では、行ってくる。帰りは遅くなるから待たなくていいよ」

踵を返し綾鷹が部屋を出て行く。その背に「お気を付けて」と乙女が声を掛ける。それに応えるように綾鷹が右手を軽く上げた。

「――これかぁ、黄桜編集長が言っていた『本当にカッコイイ男は後ろ姿もカッコイイのよ』って、あれ」

乙女も今ようやくその言葉の意味が分かった気がした。



「こちらでよろしいのですか?」

國光が問う。
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