恋し、挑みし、闘へ乙女
綾鷹の出勤後、乙女は予定通り出掛けた。

今日は黄桜吹雪との打ち合わせが入っている日だった。

覆面作家を名乗っている以上、容易に編集社に出向けない乙女は、近況報告を兼ね、月一回、吹雪とランチミーティングをしていた。

『今回は“ダイニング司”よ。楽しみね』

店はマダム層の間で急上昇中の人気店だった。吹雪の方は乙女との打ち合わせにかこつけ、新規店のリサーチも兼ねていたのだ。結果の善し悪しで取材するか決めているのだそうだ。

「知っていると思うけど、この店は東西南北之国の料理を上質にアレンジしている、として有名なの」

ダイニング司は一昔前の古民家を現代風にアレンジした造りとなっていた。当然、マダムたちはそのお洒落な外観にも惹かれるのだろう。

通されたのは個室だ。聞かれて不味いことも多々あるからだ。
しかし、と乙女は吹雪をマジッと見る。本日も相も変わらず目映い男装姿だった。

乙女の前に腰を落ち着けると吹雪は矢継ぎ早に話し始めた。普段は隠しているが、こう見えて彼女はお喋り好きだ。

「予約時に『お任せで』とオーダーしたから、何が出てくるか分からないけど……楽しみだわぁ」

吹雪が嬉々と言う。

彼女は偽名で予約を入れる。そして、どの店も同じ金額で『お任せで』と頼む。そうすることで内容の比較が出来るのだそうだ。そして――。

「やっぱりマダムの間で評判になる店は違うわね」

三品目の料理を食べながら吹雪が感心したように吐息を漏らした。
確かに、と乙女も美しく盛られた魚の活き作りを見つめる。
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